春の日の陰キャ
陰キャなじぶんを陽キャに変えようとの企てで、パリピ・クラブに入ったのでした。環境を変えれば性格も変わるだろうなどと、甘い考えをしておりました。
その頃、私は大学に入ったばかりで、昔のじぶんを知る者がいないのをいいことに、無理をしてまで別人のようになろうとしていたのです。
パリピ・クラブというのがどういうところなのかも、よくは知りませんでした。部員は総勢9名で、私が10人目となりました。男子が7人、女子が2人。私が8人目の男子となりました。
リーダーはとても陽気な男で、みんなの人気者でした。彼が「マジ!」といえばみんなが「卍!」と答えるそのノリが、私には憧れであり、いつかは彼のようになりたいと思わされるものでした。
ある春の日──それはとても麗らかで、優しいお日様のポカポカと照らす天国のような一日でした。
私たちパリピ・クラブは揃って菜の花の咲く丘へと出掛けていきました。何をするという目的も特にはなく、ただ生きていることを楽しもうという趣旨のピクニックのようなものでした。
女子高生が二人、どうやらSNSの動画を撮影しているようで、キャピキャピとモンキチョウのような声を高い空に響かせていました。
「おい、島尾」
リーダーが私に言いました。
「おまえ、あの女子高生をナンパしてこい」
普段の私ならそんなことはとてもできません。しかし、パリピ・クラブの一員となっていることが私をハイにさせていました。
私はとても強いハンターになったような気持ちで、草原のインパラに狙いをつけるように、二人の女子高生に向かってまっすぐ堂々と歩み寄っていきました。
彼女らはやって来る私に気づくと、怯えるような表情になり逃げ出そうとするような動きをしましたが、私はけっして逃がしませんでした。
使命感のようなものが、私を突き動かしていました。この女の子二人を捕まえて、リーダーの元へ差し出すのだ。私はパリピの使者なのだ。そんな、まるで特攻隊員にでもなったような、必死の覚悟が私にはありました。
女子高生たちの前に、私は立ち塞がりました。
「お嬢さんたち、今、ヒマ?」
震える声でナンパしました。
「これから俺たちパーティーなんだけど、一緒に来ない?」
女子高生二人は呆れたような笑いを浮かべ、答えました。
「俺たちって?」
「お兄さんの他に誰かおるん?」
振り返ると、丘の上から私を見守っているはずのメンバーたちがそこに見当たりませんでした。どうやら丘のむこうに姿を隠しているようです。仲間が後ろにいてくれることを心強さの原動力としていた私は、コントローラーの操作を打ち切られたゲームキャラのように立ち尽くしました。
「何、コレ」
「もしかして罰ゲームやらされてんの?」
二人の女子高生が慰めるように言います。その裏に潜む嘲りの色が私を萎縮させようと、元通りの陰キャにさせようと、圧力をかけてきます。
しかし私は奮い立ちました。
リーダーはきっと、私を鍛えようとしてくれているのだ。
ここでその期待に応えなくてどうする。男を見せるのだ。そんな気持ちが、私を必要以上におどけさせました。
私はお笑い芸人のようなポーズを作ると、言いました。
「キモいキャ? かわいいキャ? ぼく、陰キャ!」
キャハハハハ! と二人の女子高生が笑ってくれました。それだけで私は満足し、笑顔で彼女らに手を振って、丘の上へと戻っていきました。思った通り、丘の向こう側にみんなが隠れていて、含み笑いをしながら私の様子を撮影していました。
「クククク! 面白い画が撮れたぜ!」
リーダーはそう言って喜んでいましたが、私はそれからすぐにパリピ・クラブを脱退しました。思えば彼らと私はキャラがまったく違うということに、今さらながら気がついたのです。
あのナンパで私には自信がつきました。
それから積極的に女の子に声をかけることができるようになり、自力でカノジョを作ることに成功しました。
黒ぶちメガネの大人しいカノジョと共に、今日は図書館でデートです。
おおきな窓から入り込む春の陽射しが、私たち二人の陰キャの影を、淡い黒で満たしています。