かみさまとよりみち エピソード0
今日は1日中雨だった。僕は傘を片手に夜道を歩いていた。雨は止みそうもない。
「ユキ」
僕の隣を歩いている背の高い男が僕の名を呼んだ。
「はい」
「雨だな」
「そう、ですね」
至極当たり前のことをいうこの男と出会う前、僕はある夜のことを思い出していた。あの日も雨だった。
その日、公園のすべり台の手すりが、片方だけ消えていた。
昨日まであったはずの金属の手すりは、切り取られたようにきれいになくなっていた。
朝のうちに騒ぎになり、市役所や警察も来たらしい。公園はすぐに、近づかない場所になった。
その公園は、僕の部屋の窓から見える場所にあった。その夜、僕はたまたま起きていて、ラジオを聴きながら勉強をしていた。けれど、外で何かがあった気配はなかった。ただ、雨が降っていた。ずっと見ていたわけではないが、金属を切る音に気づかないほど大きな雨音ではなかった。
僕はもう公園で遊んだりはしないが、すべり台は立入禁止になり、公園から子どもの声が消えた。赤と白のテープが、壊れた遊具をぐるぐる巻きにしていた。それだけで、何かよくないことが起きたのだとわかった。
しかし、僕は知っている。あの夜、公園で何が起きていたのかを。
普通の人には見えない何かが、あの夜、公園にいた。それを話しても信じられないことは、最初からわかっていた。
「外が騒がしいな」
深夜のラジオを聴きながら勉強をしていると、やたら外がざわざわしていた。最初は大雨かと思ったが、声のようなものが聞こえたり、カンカンと金属音がしていた。こんなに騒がしいなら他の住人も起きて様子を見に来そうな勢いの音だった。真っ暗で家の明かりも電灯ひとつの光もなく、ただ、公園の電灯だけがぼんやりと明るい光が漂っている。
「なんだ?なんかいるのか?」
窓から公園を見てみると、滑り台のあたりに何かがいるのが見えた。人の形に近いが、関節の位置がどこかおかしい影だった。
「……」
どす黒い何かがうごいている。人の声じゃない。獣のような、おぞましい何かが聴こえた。窓から息を潜めて様子をみていた。あそこは、窓から毎日見ていた場所だった。
「どうすれば」
僕は見ていることしかできなかったが、ふっと、白く眩しい光があたりを照らした。
「今度は何だ?」
雨音に混じって、鉄と鉄がぶつかる音がした。運ぼうとしていたやつらが落としたのだ。そして、黒い奴らは消えていった。
「何だったんだ一体」
僕はそっと窓をしめた。見てはいけないものを見てしまったようだ。
数日後、公園のすべり台は修理されていた。
新しい金属の手すりは少しだけ光っていて、立入禁止のテープも外されていた。
夕方になると、小さな子どもたちの声が戻ってきた。
滑り台をすべっては笑い、ブランコを漕いでは叫んでいる。
僕は自分の部屋の窓から、それを眺めていた。
あの夜に見たもののことは、誰にも話していない。
話したところで、きっと信じてもらえないし、
信じてもらう必要もないと思った。
公園は、今日もそこにある。それで十分だった。
「ユキ、さっきから難しい顔をしているが、どうかしたのか?」
「いえ、ちょっと思い出したことがあって……」
「ふむ、そうか」
僕と男は傘をさしながら公園を通り過ぎた。




