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三題噺もどき2

異様な景色

作者: 狐彪

三題噺もどき―さんびゃくろくじゅうきゅう。

 


 空に魚が泳いでいる。


「……」


 比喩でも何でもなく。

 現実として、実際そこに生きるものとして。

 魚が空を泳いでいる。

「……」

 アパートの二階。

 部屋の玄関を出た外。

 視界の隅を横切っていく。

「……」

 ちなみにここは海の底でもない。

 空気という空白があるのみで。

 呼吸だってエラではなく、鼻で口で、肺で息をしている。

 水中ではないから当たり前だ。

「……」

 だと言うのに、魚が泳いでいる。

 空気と呼んでいる、気体、空間の中を悠々と。

 そこが海であるとでも言いたげに、当たり前のように通り過ぎていく。

「……」

 こちらには目もくれない。

 気づいてさえいないのかもしれない。

 興味もないのだろうか。

 さんざん、人間という生き物に追われていたくせに、危機感がまるでない。

「……」

 でも、今空を泳いでいる彼らは追われることはそうなかったのかもしれない。

 あんな見目じゃぁ、食欲がそもそもわかなさそうだし。偶然引っかかったとしても、気味が悪いで終わってしまいそうだ。

「……」

 何だったか。

 深海魚と言われるものに、分類されるのだろうか。

 食べることも案外あったりするのかもしれないが……それでも深海だろう?

 そうそう人に追われることはなさそうだ。同類に追われることはあっても。

 ……だからこちらを見もしないのだろう。知らない何かがいるなぁくらいなのかもしれない。

「……」

 それとも、光に慣れていないと言うあの目を持ったまま、こんな所を泳いでいるから視界がつぶれでもしたんだろうか。

 あいにく、彼らの生態系に詳し訳でも興味があるわけでもないので、本当に光が苦手なのかも分からない。

 チョウチンアンコウとかもいるしなぁ……あれは深海魚何だろうか。

「……」

 いや、しかし……。

 なぜ、こんな所を魚が泳いでいるのだろうな。

 今更ではあるが。

 彼らは水中にいるものだと記憶しているのだけど。

「……」

 まぁ、確かに。

 朝からニュースで大々的に報道されてはいたんだが。

 どのチャンネルを見ても、同じことをしていた。

 昨夜未明、正体不明の巨大な竜巻のようなものがこの辺りを襲ったそうだ。

 そして、それが霧散したと思えば、空を魚が泳いでいたそうだ。

「……」

 誰がそんなの信じる。

 何の冗談だと思いながら、出勤するかと外に出た途端、目の前雄横切られたときの気分よ……。

 混乱していると言うより、頭が考えることをやめているように思える。

 おかげで、騒ぐことなく現状を受け入れてみたりしているが。

「……」

 どうやら、この現象は、この町の、この辺りに限っているようで。

 やけに外がうるさいと思ったら、住んでいるアパートの前に人だかりのようなものができていた。

 大方この辺りに住んでいる人に、取材でもしているんだろう。そんなところでしないで欲しいが。

 聞く限り、このアパート前にある公園が、その竜巻の発生源らしい。

 だからと言って、こんな所まで来ないで欲しいものだ……早く帰ってほしい。

「……」

 人混みがそこにあるせいで、出るに出られないのだ。

 まぁ、魚が泳いでいる中出勤なんてしたくはないが……それでも仕事はあるのだ。

 休ませろよと思うが。

 どーせ社長は来てないくせに。

「……」

 どーしたものかなぁ。

 アパートを出たところで、あれをどう掻い潜るか。

 めんどくさいなぁ……。

 いっそ、今すぐにでも、この謎現象が、どうにかなってしまえば。

 よさそうなのに―


 ヒュぉ―――――――!!!!!!!!


「ゎ――」

 突然、公園の中に何かが生まれた。

 突風をあたりにまき散らしながらできたそれは、昨夜現れたと言う竜巻だろうか。

 徐々に大きくなりつつも、公園の外には出てこない。

「――」

 それに巻き添えを喰らった、紙やマイクやたまにカメラなんかが飛ばされていく。

 しかしそれはいらぬとでもいう様に、途中で落ちていく。

「――」

 公園に生まれたその竜巻は。

 泳いでいた魚たちを。

 次々と巻き添えにしていく。

 吸い込まれるように集まっていく彼らは、抵抗することもなく消えていく。

 竜巻の中へと吸い込まれていく。

「――」

 風のあまりの凶暴さに、顔を腕で覆いながらも、ただ茫然とその様を見ていた。

 アパート前では、時折悲鳴が上がっている。

 目が乾燥してしまうんじゃないかと思う程、目の前の光景に、目を奪われていた。

 ―そのせいで、体が前に倒れていることに気づかなかった。

「――ぇ」

 気づいた時には、身を乗り出し、アパートから落ちていた。

 風に引っ張られるように体は突風の中に投げ出される。

 耳の中は、風の音しか聞こえない。

 訳も分からぬまま、落ちている。

「ぁ――」

 それでも閉じず、見開かれていた視界。

 その目の間に、巨大な魚が現れた。

「――った」

 次の瞬間。

 少しの痛みと共に。

 むき出しになっていた腕や掌に、草の感触がした。

 アパートの玄関近くに植えられている茂みの中のようだ。

 ぎりぎり、雑踏からは見えない。

「……」

 風はやみ、空を泳いでいた魚は消えた。

 1人、茂みに取り残された。

 訳も分からぬままに、騒がしくなりだした雑踏の声を遠くに聞きながら。


「――迎えじゃないんだ」


 こぼれたそれは、最後に吹いた風にかき消された。






 お題:深海魚・突風・巻き添え

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