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あぁ、なんて可哀想な旦那さま~稀代の悪女は英雄騎士のお飾り妻に転生する~  作者: 華宮ルキ(扇レンナ)
第一部 第一章 「あぁ、なんて哀れで愚かな旦那さま」
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第3話

 女主人の部屋は、白を基調とした家具が置かれていた。何処となく上品で、かつ可愛らしいデザインのものが多い。まさに、ザ・女性の部屋といった風貌である。


「ふぅん、ま、趣味は悪くないかしらね。好みではないけれど」


 それだけを呟いて、リゼットは部屋の備え付けの洗面所に向かう。そこで顔を洗って、清潔なタオルで顔を拭く。


 洗面所の鏡に映るリゼットはとても愛らしい顔立ちをしていた。


(桃色の髪。赤い目。……ふむ、悪くはないわね)


 自分の髪色、目の色。顔立ちなんかは理解していた。が、今までのリゼットは自らの顔をまじまじと見つめることはなく。ただ、長い前髪で顔を隠して生き続けていた。なので、きっと社交界の人間はリゼットの目の色を知らないはずだ。


 鏡に手を伸ばす。そうすれば、鏡の中に映ったリゼット自身の手と、触れあった。


「この顔立ちならば、可愛らしい化粧よりも美しさを引き立てる化粧のほうが似合うわ。衣服も、あまり可愛らしいものは止めておきましょう」


 そう言って、リゼットは歩き出す。鏡台の前にはいくつかの化粧品。それを一瞥しつつ、クローゼットの扉を開ける。


 中にあるドレスは、基本的に可愛らしいデザインのものが多い。桃色、水色、淡い黄色……。


 しかし、リゼットはそれらに興味を示すことなく、奥へと入っていく。そして、箱を開けた。


 そこに入っているのは、何処となく大人びた色合いのドレスやワンピース。色合いは上品で大人っぽさを強調したようなデザインが多い。


「今日は、深紅にしましょうか」


 赤と黒色を基調としたワンピースを取り出し、さっさと身にまとう。それからはまた私室に移動して、鏡台の前に腰掛けた。


 桃色の髪の毛を一つにまとめて、目の前にある化粧品に手を伸ばす。


(前髪で顔なんて見えないのに、化粧をしていたのよね)


 それを思い出しつつ、リゼットはなんの迷いもなく化粧を施していく。


(こういう顔には、大人っぽい化粧のほうがずっと似合う。それにしても、肌がきれいね)


 心の中でそう呟いて、リゼットは手を動かした。


「さすがは貴族令嬢。肌の手入れは完璧。ついでに、髪の毛もぼさぼさなこと以外はいいわね。……アレイナとは、違う」


 最後に口元に紅を塗って、リゼットは笑う。そうすれば、何処となく妖艶な顔立ちの美女が出来上がった。……気の弱い娘と、到底同じだとは思えない。リゼットはそれを見て、満足げに頷く。


「さぁて、次ね、次」


 しかし、それ以上の反応を示すことなく、リゼットは立ち上がる。その後、部屋にあるソファーに腰掛け、肘置きに頬杖をついた。


(先ほどちらりとカレンダーを見た感じ、あれから三十年後と言ったところかしら)


 目を閉じて、リゼットは思い出す。綴られていた年月日は、アレイナとしての最後の記憶がある日の、三十年後。


 とんとんと指で肘置きをたたいて、「ふぅ」と息を吐く。


「この鈍すぎる頭の中にも、さすがに『アレイナ・バルフ』の知識くらいはあるみたいね」


 アレイナ・バルフ。それは、このヴァンチャット王国で語り継がれる『稀代の悪女』である。


 数々の男性を破滅に導き、いずれは王家にまで近づくのではないかと囁かれていた女性。が、彼女は三十年前に突然姿を消した。……死体は、見つかっていない。


「ふむ、私の意識がここにあるということは、死んだのは間違いない。……だけど、死体が見つかっていないのが不気味ね」


 でもまぁ、そんなこと今は関係ないか。


 そう思いなおして、リゼットは立ち上がる。


「旦那さまは、このお屋敷の管理はすべて私に任せるとおっしゃっている。だから、このお屋敷に関する権限はすべて私にある」


 使用人を解雇するのも、新しく雇うのも。すべてはリゼットの勝手ということだ。言い方は、悪いが。


「使用人たちが旦那さまに告げ口しようが、知ったことじゃないわ。そもそも、あのお人はお屋敷に帰ってこないものねぇ」


 ならば、言いくるめることは容易いはずだ。なんといっても、リゼットの中身はあの『稀代の悪女』アレイナなのだから。


「ま、旦那さまのことはどうでもいいか。……それよりも、私がやるべきことは」


 アレイナ・バルフに関しては、様々なうわさが飛び交っている。王家に取り入り、自身がこの国を牛耳るつもりなのではないか。貴族の男を篭絡し、この国を破滅させるつもりなのではないか。悪いうわさならば、絶えることがなかった。


 まぁ、そんなことどうでもいいのだが。


「私が欲しいものは、たったひとつだもの」


 足を組んで、リゼットは笑う。


「最高に哀れで可哀想な男。それが、欲しい」


 アレイナ・バルフは悪女である。けれど、一番欲しいものは贅でも権力でもない。


「救いようがなくて、昏い目をしていて。……この世に絶望した美しい男」


 とんとんと指で肘置きをもう一度たたく。


「なんて、素敵なのかしら」


 アレイナ・バルフの目的はただひとつ。自身の理想とする『最高に可哀想な男』を手に入れること。そのために、たくさんの犠牲を払って、いろいろな男を破滅させてきた。……その中に、アレイナの理想とする男はいなかったが。


「どんな男も私に捨てられたら、最高に可哀想になる。……だけど、満足できないのよねぇ」


 誰だって惚れた女性に捨てられれば、絶望する。だが、アレイナが欲しかったのはそういうものではない。


「私に出逢う前から、絶望していてほしいのよ」

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