5 ここからはどういう状況だったとしても
「サンゴ〜ただいま〜」
ニャーーン!
いつも通りにお出迎えをしてくれたサンゴは足に纏わりつき喉を鳴らす。
「ただいまサンゴ、いい子にしてた?」
ニャーーンニャーーン
リビングへと駆けて行く。
ご飯の皿の前で鳴くサンゴ。
「お腹空いてるの?ご飯食べてないの?」
サンゴの飲み水を見てみると、かなり減っていて変えられた形跡がなかった。
玄関の鍵も開いたままだった。
おかしいな…
あまりにサンゴがご飯を欲しがるので、少しあげてみたら、見た事ないほどがっついて食べはじめた。
食べてないのかもしれない…
少し多めにフードを入れてあげた。
とりあえず荷物を部屋に置いてこようと思い、自室へ向かう。
珍しく手前の拓海の部屋のドアが開いている。
「拓海?いるの?ただい… ま…」
拓海のベッドからダラリと落ちる足は、生きている人間の色ではなかった。
恐る恐る近づくと、顔に布団がかけられている。
怖くて布団は外せない。
私は拓海の部屋から出て震えながら救急に電話した。
救急車が来るまでの間、リビングとキッチンを見回す。
カップもまた、動いた様子だった。
マヨネーズは…
やはり、かなり減っていた。
救急車と警察がほぼ同時にやってきた。
拓海の様子を救急隊が確認し、警察に死亡を伝える。
「奥様ですか?大丈夫ですか?…名前をお聞きしていいですか?」
リビングのソファーに座る私のところに警察が来て事情を聞かれた。
私が名前を答えると、今は話せる範囲で良いから…と、拓海を見つけた状況を聞かれた。
「……私は一昨日から仕事で岩手県に出張で家は留守にしていました。…荷物を戻そうと部屋に戻る時…拓海の…主人の部屋のドアが開いていて…そして……」
あの光景がまたよみがえり…私は、両手で顔を覆う。
婦人警官が私の背中を優しく摩ってくれた。
「こんな事を聞くのは大変申し訳ないのですが…ご主人の部屋のゴミ箱から、使用済みの避妊具が出てきました。奥様は心当たりありますか?」
私は顔を覆ったまま、首を横にふる。
「大変だとは思いますが、この後署に来ていただく事になりますが宜しいですか?」
「…はい…でも、猫の世話を…少しさせて下さい…」
サンゴの様子を見ると、たくさんの人が来た事と、お腹が空いていたせいか落ち着きがない。
私は水を替え、サンゴにもう一度ご飯をあげる。
しばらく撫でてやると満足して私の部屋に入って行った。
警察では、仕事の事、出張先の事、夫婦関係、拓海の交友関係など、様々な事を聞かれた。
携帯を調べて良いかと言われ、言われるがままに見せた。
後日また、使っているパソコンも見たいとの事だが、それも素直に応じた。
携帯にもパソコンにも拓海に関する情報はほとんどない。
頻繁にやり取りがあったのは結婚前と結婚してすぐの時だけ。
そこに遡っても特に私は困る事はない。
そして最近であれば…
「業務連絡…程度のやり取りしかしてないです…」
私は警察官に伝える。
「拓海へのメッセージは、猫の世話をお願いする為だけの業務連絡なんです」
私は苦笑いを浮かべる。
「…この度は大変でしたね…色々きつい事もあるかと思いますが、よろしくお願いします」
婦人警官の気遣いが嬉しかった。
「…いえ…こちらこそ…」
そこまで言うと涙が溢れた。




