4 何かの間違い
人が亡くなる場面があります。
出血などはありませんが、苦手な方はお控え下さい。
次話からでも大丈夫です。
今日も拓海の家へ行く。
そろそろきちんと別れ話をしようと思っている。
何度かメッセージで別れを伝えたけれど「別れない」と言われて、その後ははぐらかされてしまう。
ちゃんと別れてくれるといいけど。
「うふふ…お邪魔します」
「七海…」
リビングに入るとすぐに拓海が背後から私を抱きしめてくる。
「もう…ねぇ、すぐご飯作らなくちゃ」
「もう少しこのまま…七海で充電させて…」
「今日のメニューは、ハンバーグだよ。早く作り始めたい」
「…うーん…わかった」
真人さんとはこういったやり取りはない。
もっとあっさりしている。
真人さんはあまり女性の扱いに慣れていないみたい。
やっぱり拓海の方が「愛されてる感」はあるのよね。
ふふ。
手早くハンバーグを作り、焼き始める。
その間にサラダも用意する。
拓海は…サラダにはマヨネーズをかけるから…
拓海用に盛り付けたサラダ。
お皿のふちにマヨネーズをたっぷり乗せる。
チューブの口に残ったマヨネーズをティッシュで綺麗に拭っておく。
奥さんに見つかると私の人生が台無しだからね。
そこは間違えないようにしないと。
食後のコーヒーの用意もしておく。
食器棚の奥からいつものカップを取り出す。
奥さんは全然使わないらしいコーヒーカップ。
なんで使わないんだろう。
こんなに素敵なのに。
「出来たよ〜」
「うまそう!あー…七海が奥さんだったら毎日美味しいご飯が食べられるのになぁ」
「もう、またそれ」
ちょっとウンザリ。
「だって俺、七海と結婚したいんだもん」
食後のコーヒーを飲み終わると拓海がすぐに後片付けをする。
二人で食べた痕跡が残らないよう、丁寧に片付ける。カップや鍋などもちゃんと元の位置に戻しておく。
明かりを落とした拓海の部屋の中、ベッドの上に寝転んで今後の事を話す。
「もう少ししたら私たち終わらせないと…私、結婚するんだよ」
「ヤダ…結婚しないで」
どの口が言うんだろう。
自分は結婚してるくせに。
「最初から遊びだって拓海も言ってたじゃない」
「…別れたく…ない」
「でも、このままは無理でしょう」
「……やだ……や…」
もうっ、本当にめんどくさくなってきた…
あれ?
寝ちゃった?
「ねぇ…寝ちゃったの?」
顔を見て驚く。
「どうしたの?ねぇっ!」
拓海の顔色は真っ青で、唇は紫色になっていた。
拓海が唸るような声を出し、自分の喉に手を当て、足をバタバタして暴れだす。
「ちょっとっ!ふざけないで!怖いからっ!お願いっ!やめて!」
拓海はしばらく大きくバタバタすると、今度は痙攣し始め…
突然パタリと動かなくなった。
「……たくみ…?ねぇっ!…」
「きゅ…救急車…」
ガタガタと震える指で携帯を取る。
携帯を手にしたところで…
待って
…この状況で救急車を呼んだら、私の結婚はどうなるの?
真人さんに拓海との関係がバレたら?
奥さんにバレたら?
私の人生台無しじゃないっ?!
だめだめ。
そんなの絶対ダメ…
携帯をそっとカバンに仕舞う。
急いで服を着る。
指が震えて、なかなかブラウスのボタンを閉じる事が出来ない。
早くこんな所から逃げたい。
そうだ!拓海の携帯は?
あれ?どこ?
どこだっけっ!
拓海のカバンを探そうと手を伸ばす。
ニャーーン
「きゃあぁっ!ああ…びっくりした!サンゴか…」
もうやめてほしい。
サンゴが纏わりつくのを手で振り払いながらカバンの中を探したが、携帯は見つからなかった。
どこに…
ああ…リビングも見てこよう。
もう、なんでこんな事に。
リビングにも携帯はなかった。
拓海の部屋に戻ってチラリと拓海の方を見た。
あれから拓海は動かない。
そういえばさっき拓海は携帯を見ていた…
そっと拓海の方へ行く。
「拓海?…」
拓海の顔を覗き込む。
「きゃあああ…」
もう嫌、ここにいたくない。
携帯なんてどうでもいい。
ロックがあるんだからきっと大丈夫。
私は大丈夫。
最後に見た拓海の顔はどう見ても死んでいた。