第三話 捜索
気持ちを入れ換える。
ベロニカは、辺りをもう一度見渡した。
部屋は案外、広かった。小さな教室ほどの広さだろうか。ただ、ほこりの積もり具合や、備品の古さを見ると、どちらかと言えば、古ぼけた倉庫のように見えた。
上から見ると、ちょうど部屋は、長方形のような形をしていた。西側には、大きめのソファ。南側には、棚。中央には、石造りの柱があった。
それから、ベロニカは部屋の東側を見つめた――入口と階段だ。もちろん、ここを上に昇れば扉はあるが、未だに開けられそうな気配はなかった。
ちなみに一番最初、ベロニカが試しに、「体当たりしてみてくれ」とニコロに頼んだところ、
「却下ね、却下」と軽い口調で断られた。
「なんでよ」と怒りをにじませて問いただしたが、
「あんな分厚い扉、人が当たったくらいで、どうにかなるわけがないだろ。そんなことしても意味がないんだから、やめとけよ。
後、結構錆び付いてたじゃん。あの扉? だから、無理。汚いから嫌だね」というやる気のない反応によって、ベロニカの計画はあえなく頓挫した。
そんな中で唯一頼りになるのは、ニコロが持ってきた光源――ランタンだった。
ランタンは部屋の中央の机の上に置いてある。ひとつだけだが、部屋の中を照らすには、これで充分だった。
この明かりのお陰で、視界も確保できる。
ニコロによると、階段の途中に掛かってから持ってきたのだ、という。
油の残り具合から見て、燃焼時間も問題ないらしい。当分使える、というだけでもありがたい。これが無かったら今頃、ベロニカは真っ暗な部屋の中をさ迷っていただろう。
気に食わない相手だが、この灯りを持ってきたことだけは、褒めてあげても良かった。
「で、どうするよ」とニコロが言った。
「別に、おれはこのままでも良いけど」
「良くない」
イライラを抑えながら、ベロニカは返事をした。なんでこの男は、一々気に触ることを言わなきゃ気がすまないのか。
いや、ダメだ。ここで言い争っても何の意味もない。むしろ、早く出たいなら協力すべきだ。
気を取り直したベロニカは、いまだにやる気の無さそうなニコロを動かすように言った。
「何とかして出なきゃ。あんたも働いて」
はいはい、とニコロが腰をあげる。
「で、どうすんだ?」
「まず、一通り部屋を調べる」
「おっけー、おっけー。了解」
「あと」
ベロニカは、ニコロを睨み付けた。
「真面目にやって」
はいはい、とニコロが適当な返事をする。
まずはこの部屋を探すべきだ、とベロニカは思った。
何でもいい。この部屋を出るための何かが見つかれば……。
相変わらずにやけるニコロに、背を向ける。
ぱしっと自分の頬を打つ。ここからが、正念場だ。
自然と、部屋の捜索は分担することになった。
身長の高いニコロが上を重点的に調べ、床や下の方をベロニカが見る。
ベロニカは、手始めに南側に置いてあった古びた棚を調べることにした。
壁一面の棚。目の前に立つと、あまりの物量に圧倒される。
「これ本当に全部やんの?」
ニコロが見るからに嫌そうな顔をした。
「……もちろん」
ベロニカだって、これを全部調べるのか、と思うと、気分が落ち込むが仕方ない。
「いいから、手を動かして」
取っ手に手をかけ、引っ張る。全然動かない。錆びているのだろうか、かなり古いことだけは間違いなかった。
それでも、何度か試すと引き出しが空いた。
ほこりが勢いよく舞い散るが、中はからっぽ。外れだった。
ベロニカは次々に開けていくが、ことごとく外れが続く。
古すぎて表紙の読めない分厚い辞書に、干からびた果物らしきもの。変な栗鼠の置物に、高級そうな紅茶の陶器。
まあ、最後の品は値打ちがありそうだったが、この部屋を出るための道具としては、心もとなかった。
しばらくして、どちらからともなく、休憩のような形になった。
「収穫は?」
ベロニカは壁に身体を預けながら聞いた。元から大して体力のない身体は、重労働に悲鳴をあげていた。頭が、くらくらする。
「参った、参った。ここには、何にもないな」
全く困ってなさそうな能天気な声が、ベロニカの耳を通り抜ける。
「こっちも何もない。あるのは……」とベロニカはさっき見つけたものを思い出した。控えめに言っても、
「ゴミだけ」
ただ、若干、違和感があった。
棚にある物は古びているのに、所々比較的新しそうなものがちらほらあるのだ。
たとえば、栗鼠の置物は埃っぽかったが、まだ最近のもののように思えるし、この部屋の隅の方に一つだけあるソファも、座れないほど古いわけではない。
ふうん、とニコロが相づちを打つ。
「今度はこっちか。あの扉以外から、この部屋を出るのはきついだろうな」
「なんで?」
無駄に話すつもりはなかったが、早く外に出たいがあまり、前のめりになって聞き返してしまった。
「かなりしっかり作られてる」
そう言いながら、ニコロが壁をコンコンと叩く。
「何ヵ所か叩いてみたが、少なくとも蹴破れたり、別の空間があるような厚さじゃないな」
「鍵がどこかにあったりしないの?」
「いや、無理だろ」
即答だった。
「鍵を使うんだったら、少なくとも鍵穴が必要だからな。上の扉には、鍵穴すら見えなかった。それに、あの重さだぞ。鍵なんかあっても、開けられないだろ」
「つまり……?」
ニコロが、唇をなめる。それから、あっさりと言い切った。
「悪いが、出られる可能性は低いってことだ」