婚約破棄撤回?お腹に精霊の子がいるのでよりは戻せません
我が侯爵家の客間で男が一人喚き立てています。
「どうしてだ! 俺は騙されていたんだ! それは愚かだったが……許してくれ! 復縁してくれ! コレット!!」
「ユーグ……ごめんなさい」
私は元婚約者ユーグから目をそらします。
伯爵家の跡取り息子ユーグは必死に私にすがりついてきます。
私達は元婚約者。しかし5ヶ月前にユーグから婚約破棄されています。
理由は私の不貞。ですが、それはユーグに思いを寄せる子女によるデマでした。
それにまんまと躍らされたユーグは私に婚約破棄を突きつけました。
私はそれを大人しく受け入れました。
私を信じてくれない男とこの先添い遂げて幸せになれるとは思えなかったのです。
「コレット! 何でもする。贖罪のためなら俺は何でもする! だから……」
「ダメなの、ダメなのよ、ユーグ……」
「コレット、どうして!」
「私の……私のお腹には……子供がいるの!」
「へ……?」
私はそっとお腹を撫でました。
「妊娠3ヶ月よ」
「あ、相手はどこのどいつだ!?」
ユーグは青ざめながら叫びます。
私の不貞がデマだと判明してから、ユーグはお父上に大層詰められているはずです。
何せ侯爵家の子女に不貞をしたと責め立て一方的に婚約破棄したのですから……。
下手をすれば、勘当ものでしょう。
「相手は……その……」
私は困りながら窓の外を見ます。
今日も良い天気です。
「その、あの……」
「言いづらい相手なのか!?」
「……精霊なの」
「は?」
「精霊魔術が暴走して、子供が宿ってしまったの」
「……精霊?」
我が家は代々精霊魔術のエキスパートとして名を馳せていました。
その中でも私はとても優秀でした。
ただ私に欠点があったとしたら、その好奇心の強さです。
強すぎる好奇心で私は婚約破棄になったことをこれ幸いと、我慢していた禁術を実行しました。
そしたら、出来ちゃいました。精霊の子供がお腹に。
「いや、精霊がお腹にいても……いても俺は気にしない……いや、どうだろう、さすがに気になる……うん、さすがに気になる」
ユーグはとても素直な人でした。
私のお腹をガン見して困っています。
「ええと、精霊って人間と同じ妊娠期間なの?」
「それが分からないのよ」
何せ禁術ですから、残っている魔道書も古びて破れててちょっと読めないとこがいっぱいでした。
でも断行しました。好奇心には勝てないので。
「10日なのか、10ヶ月なのか、1年なのか、10年なのか……」
もう3ヶ月経つので10日ということがないのは確かです。
「じゅ、10年……」
さすがのユーグも絶句しています。
「そういうわけだから、私のことは諦めて?」
「う、うーん」
ユーグはさっきまでの熱を持っていかれたように、困惑しています。
そりゃ、精霊の子とはいえ、親の分からぬ子を産もうとする女はユーグも嫌でしょう。
「とりあえず今日は帰るよ……」
すごすごとユーグは帰っていきました。
さようならユーグ。二度と会うこともないでしょう。
私の日常は淡々と続きました。
お腹の存在感は持続するものの、大して大きくもならず、日常に支障はきたしません。
精霊の子だからでしょうか。
2ヶ月後、妊娠5ヶ月目。魔石を買いに街へ行くことになりました。
魔石は魔力との相性を見て選びます。
人に任せられる買い物ではありません。
久しぶりの街。チラチラと視線がうるさいです。私が精霊の子を宿したことは王都に知れ渡っていました。
無視して進みます。
魔石選び、それはとても集中力が要る作業です。
護衛には3歩は離れたところにいなさいと言いつけました。
魔石屋は身元の知れた客しかいないので、安心です。
魔力を垂れ流し、相性のいい魔石を探していると、気付けば他の客と隣り合わせになっていました。
「失礼」
一言告げて離れようとすると、お腹に何か熱いものを感じました。
「え……?」
私のお腹に魔石でできたナイフが突き立てられていました。
「コレット様!?」
護衛が慌てて私に駆け寄ります。
薄れゆく意識の中、私が見たのはあの子女でした。ユーグに横恋慕していた彼女です。
「何よ! 妊娠なんて! 精霊の子って何!? どうせユーグとの子なんでしょう!?」
錯乱してるようです。
話が通じません。
いえ、その前に私の口が開きま……せ……ん……。
私は意識を失いました。
「あ……」
私が目を覚ましたのは自室のベッドでした。
なんとか一命をとりとめたようですが、大事なお腹の子の脈動が弱まっています。
「魔術で……救命措置を……」
「いけません! まずは自己回復に魔力を費やしてください!」
医師が私を止めます。
「コレット……その……この機会にどうだ。精霊の子など……産むのをやめてしまっては……」
お父様が恐る恐るそう言います。
お父様はずっと私が精霊の子を産むのに反対でした。
娘が得体の知れないものを産もうとしている。
お父様の気持ちは分からないでもないですが、こんな突発的にお腹の子を失うなんて嫌です。
「嫌です。産みます。絶対に……」
「ありがとう、我が伴侶」
突然知らない声が部屋の中に響きました。
この世のものとは思えない不思議な反響のする声でした。
「……誰だ!?」
お父様のすぐ隣にその人はいました。
腰布だけの簡素な服装。
薄く発光する全身。
尖った耳。
緑の髪に金色の目。
「……精霊?」
「いかにも」
精霊は偉そうにうなずきました。
「我が名はアエテルニタスという。会いたかったぞ、我が伴侶……」
アエテル何さん?
「ええっと……」
困惑してしまいます。
伴侶? 誰が誰の?
「汝こそ我が種を強引に奪っていった我が初めての人……精霊は初めての者と添い遂げる……たとえそれが異種族であろうとも……」
「こ、コレット! お前そんなことをしていたのか!?」
「誤解です。お父様」
なんだか不名誉な誤解をされていますが、私は魔術の研究部屋で呪文を唱えただけです。
強引に奪ったとかそんなことは知りません。
文句なら変な研究を残したご先祖様に言ってください。
「そのお腹の子は我が子だ」
「はあ……」
精霊の子に父親がいるなんて考えたこともありませんでした。
「ずっと君を探していた……君の命の危機に、精霊の子らが父を呼び、ようやく君に会えた……さあ我と添い遂げよう」
「え、嫌です」
「え……」
精霊……長い名前は忘れたけど、アエテルさんは呆然としました。
「精霊がどうかはともかく、人間は好きな人と添い遂げるのです。私はあなたのこと別に好きではないので……」
実際は普通に政略結婚などありますが、私はそう言っておきました。
「……好きになってもらえればよいのだな。うん、何でも申せ。努力する。何か望みはあるか?」
「お腹の子を助けてください……」
無駄話をしている間に脈動は弱まりつつあります。
「当然だ。我の子でもあるのだから」
そう言うと彼はベッドに腰掛け、私の腹に手を当てました。
弱まっていた脈動が、喜ぶように跳ねまわります。
何やらわかりませんが、精霊の子はこの方の存在に喜んでいるようです。
……え? 本当にお腹の子の父親なんですか? この人……いや、精霊。
「どうだ。好きになったか?」
「あと服着てください……」
上半身裸の男性なんて恥ずかしくて、伴侶にできません。
「うーむ、分かった。精霊に服を着る習慣はなく、人里に降りるから念の為に下半身は隠してきたが、足らなかったか……」
え? 下手したら全裸でここに現れてたんですか、この人? いえ精霊。
私のお腹の子の父親はとんだ見た目の方のようです。
見た目といえば……。
「その発光してるのどうにかなりませんか?」
お父様に頭を下げて服を見繕ってもらってるアエテルさんに声をかけます。
「光ってるのも駄目か!?」
さすがのアエテルさんも注文の多さに驚愕されます。
「これは精霊の正装なのだが……駄目か……」
光るのが正装なんですね。
逆に言えば光らなくもできるんですね、ホッとします。
「……うりゃっ!」
アエテルさんはちょっと気合を入れると光るのをやめました。
お父様がお兄様のお古の私服を持ってきさせました。
なかなかに似合っています。
見た目はまあ文句のつけようがなくなってきました。
耳が尖ってるのとかは多分どうしようもないでしょうし。
それからというものアエテルさんを私の伴侶にふさわしいか見定めるため、彼は我が家に居候することになりました。
お茶を運んでくれたり、お腹をさすってくれたり、お話をしてくれたり、魔術の助手をしてくれたり……なんだか本当に伴侶のようです。
「お腹が大きくなってきたな!」
「そうかしら……?」
叔母様が妊娠したときはもう少し膨らんでいたと思うのだけれど、精霊の子は小さいのか、あんまり膨らみが目立ちません。
しかしアエテルさんは嬉しそうに私のお腹をさすっています。
「元気に小さな羽根を動かしているな! 風を感じる!」
「羽根!?」
「うん? ああ、精霊には羽根があるよ。さすがに人間界では目立つと思って仕舞ってきたが……」
「お、お気遣いどうも」
羽根も生えるんですか、この人、じゃない精霊。
「……そういえば生まれてくる子供の名前はどうする? 我の名前は人間には長すぎるようだから……コレットとアエテルニタスの子供……コエニタス? まだ長いか?」
「ふふふ」
アエテルさんの顔は本当に産まれてくる子を心待ちにする父親のそれでした。
思わず顔がほころびます。
「……アエテルさん」
「おお、どうした我が伴侶」
「ちゃんとこの子が産まれてきたら、結婚式を挙げましょう」
「…………そ、それは、つまり」
「あなたをこの子の父と認めます……私の伴侶に、なっていただけますか?」
「もちろんだとも! 我が伴侶……!」
アエテルさんが私を抱き締めました。
私も彼の背に手を回します。……この背に羽根が生えたりするのですよね……。
彼はそのまま私を高く抱き上げました。
彼の目は涙に潤んでいて、私をクルクルと抱き上げて回ります……。
「うっ」
そして私に突然の吐き気が!
「つ、つわりか!?」
慌ててアエテルさんが私を降ろし、ベッドに寝かせます。
「い、いえ、酔っただけ……?」
私の腹が薄く発光しだしました。
「なななななななんですか!?」
「落ち着け、我が伴侶! 産まれるんだ!」
「産まれるんですか! これ!」
「精霊は産まれてくるときは光り輝きながら産まれてくる! それ故に全裸で光るのが我らの正装だ!」
「なるほど! 人間界ではその正装のことは忘れてくださいね!」
人間に宿ったからでしょうか、精霊の妊娠期間も10ヶ月でした。
気付けば5ヶ月を私はアエテルさんと過ごしていたのです。
「えーっと、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
「なんだそれは」
「ええと、人間の出産時の呼吸法です……」
「なるほど……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
別にアエテルさんが呼吸法をする必要はありませんが、突っ込んでいる余裕もありません。
薄かった光は最高潮の光を放っています。
「ヒッヒッフー……ヒッヒッフー……」
しかし体は特に苦しくないですね。
「産まれるぞ!」
アエテルさんが叫んだ、と同時に私のお腹から丸い拳くらいの大きさの光がぽわっとおへそを通って出てきました。
ふわふわと光は空をさまよい、そしてアエテルさんの腕の中に収まりました。
よく目をこらすとそこには人間の子供より小さな羽根の生えた精霊が確かにいました。
「ああ……」
産まれたのです。私の子供。
精霊の子にしてアエテルニタスとコレットの子。
「かわいいなあ……」
アエテルさんが目を細めて、光り輝くその子を眺めます。
「ほら、我が伴侶、我が子だ。君によく似てかわいいよ」
アエテルさんが子供の顔を見えやすいように傾けてくれました。
なるほど顔立ちは私に似ている気もします。
髪の色と目の色、発光しているところなんかはアエテルさん似です。
「お母さんですよー」
我が子に声をかけると「んーんー」と泣き声のような声が返ってきます。
「かわいい……」
正直に言えば、不安はありました。
精霊の子供の親になんてなれるだろうか?
そういう不安は常につきまとっていました。
だけど、今こうやって我が子を見ていれば、そんな不安は風にさらわれて飛んでいきました。
赤ん坊にはアエテルさんがウェントスと名付けました。
私を刺した彼女はずっと牢に入っていましたが、子供が無事に産まれたことで、極刑は免れました。
あの人も他の誰かの子供なのだと思うと、少しホッとするような、あの人が生きているのは怖いような。
今、彼女は辺境の親戚の家に軟禁されるように暮らしていると聞きます。
「こらこら、ウェントス、風をそんなに起こしちゃいけません」
アエテルさんがウェントスを優しく叱りつけています。
ウェントスはぐずるとすぐ羽根を動かして風を巻き起こします。
産まれてきた孫に、お父様もすっかり心を許してしまいました。
今ではウェントスはすっかり我が家の天使です。いえ、精霊と人間のハーフですけどね。
アエテルさんがしばらくウェントスをあやしていると、ウェントスはすやすやと彼のために作られた小さなゆりかごで眠りにつきました。
そしてアエテルさんはカリカリ魔道書に文字を綴っている私を後ろから抱き締めました。
「あらあら、甘えん坊ですね、アエテルさん」
「何の研究をしているんだい、我が伴侶」
「精霊受胎の研究です」
「ちょっと待って、まだやってるのか、それ」
アエテルさんの声が真剣みを帯びます。
「あれは禁術だぞ。我が人間嫌いではない精霊だったからよかったものの、人間嫌いの精霊相手に仕掛けたら、死に至る可能性もあるのだ。封印しなさい。そうしなさい」
「でも、興味があるのだもの……」
「未来の子供達のためにも、封印しなさい」
「むう……」
私は口をとがらせ、拗ねます。
「……それにほら、我がここにいるのだから、第二子は通常の方法でもうければよかろう?」
「え? そういうのもありなんですか」
「うん」
アエテルさんは頷きました。
ちょっと顔が赤らんでいます。
「そ、そうなのですね」
私たちは夫婦らしいことを、せいぜい結婚式での誓いのキスくらいしてこなかったので、その事実に少し照れてしまいます。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
ですが、アエテルさんは真っ直ぐな目で私を見つめました。
「何はともあれ、禁術は禁術のままにしてくれ……その、それに、あれだ、他の精霊が君の子供の親になるなんて、我は耐えられん……」
「あ、はい……」
精霊を妊娠するプロセスはいまいち、私には実感が湧いていないのですが、どうも明確に何かを感じるようです。
「……分かりました。ことの顛末を詳細に書き記し、禁術としましょう。でも、他の精霊魔術の研究は続けさせてくださいな?」
「ああ、もちろんだとも」
アエテルさんは満足したように微笑みました。
「……それから、アエテルさん、私のことコレットと呼んで欲しいです」
「えっ!?」
「そんなに驚くことですか……?」
アエテルさんは基本的に私のことを『我が伴侶』と呼びます。
それは正しいのですが、名前を呼んでもらえないのは少し寂しいものがあります。
「…………そ、それは、つまり、死後も我と添い遂げてくれるということか!?」
「えっ?」
「あ、いや、我ら精霊の世界では、血族ではない成人した者の名前をフルネームで呼ぶということはその魂を死後も縛るということになるのだ……。この結婚はお前にとって事故のようなものだし、そこまでは望んでいないのではないかと思ってな……」
「そう、なのですか」
死後のことなど考えたこともありませんでした。
私、まだ21歳ですから。
「……いいですよ、縛りましょう。アエテルニタス」
「!」
アエテルさんは驚きました。
「わ、我の長すぎる名前を覚えていたのか!?」
「はい」
私はアエテルさんの目を真っ直ぐ見つめて微笑みました。
「愛しいあなたの名前ですもの」
「……コレット」
「はい、あなた」
「コレット!!」
アエテルさんは私をギュッと抱き締められました。
そのまま頬に手が添えられます。
結婚式以来のキスを私たちは何度も交わしました。
さて、それから数ヶ月後。
我が家中に魔術の研究部屋から爆発音が鳴り響きました。
「コレットー!?」
アエテルさんが血相を変えて夫婦の私室から研究部屋に飛び込んできます。
ちなみに最近のアエテルさんには私室にいるときに限って発光と全裸を許可しています。
そちらの方が楽らしいので。
「だ、大丈夫か!?」
煙がひどく充満し、お互いの姿が見えません。
「失敗しました……また、禁術が……」
「何をしてるんだ……」
アエテルさんはがっくりと肩を落とします。
「君一人の体ではないんだぞ!」
はい。返す言葉もありません。
私のお腹には第二子が宿っています。ウェントスの弟か妹ですね。
「でも、このくらいならいけるかなって……」
「君ってやつは……で、今回の禁術は……何を……」
煙が私室に流れ込み、アエテルさんが私の姿を捉えます。
彼は呆然と私の姿を見ました。
「アエテルさん?」
彼は黙って私の手を引き、私室の姿見の前に連れて行きました。
鏡の中に見える私の姿は……発光し、ドレスの背を羽根が突き破っていました。
「あらまあ」
「精霊召喚の失敗……融合……」
アエテルさんはがっくりと膝をつきました。
「……しかも、その精霊の魔力は……あいつの……」
「あいつ?」
「アエテルニタスおにいちゃあああああんん!」
ものすごい声が魔術の研究部屋からしました。
女の子の声です。
「で、デアイグニス……」
研究部屋の奥から女の子が泣きながら、現れました。
尖った耳、緑の髪に、金の目。
布を緩やかに巻き付けただけの服装。
どうやら精霊のようです。
「お兄ちゃん! 会いたかった……会いたかったのに……!」
デアなんとかちゃんは私を睨みつけました。
「この泥棒猫! 私の光と羽根を返してよ!」
「あ、これ、あなた様のでしたか……」
「そうよ!!」
デアちゃんは泣きながら、地団駄を踏みました。
「お兄ちゃんに会うために、人間の召喚に応じてやろうとしたらこの仕打ち……許せない!」
デアちゃんは手の平に炎を灯しました。
「燃やしてやるー!」
「やめなさい! デアイグニス!!」
アエテルさんがデアちゃんを叱りつけます。
デアちゃんが炎を投げつけようとしましたが、私が光と羽根を奪ってしまったせいでしょうか、その炎は明らかに元気がなく、途中で立ち消えてしまいました。
「ぎゃーん!」
あまりの騒ぎにスヤスヤ寝ていたウェントスが泣き出します。
ウェントスはすくすく成長して、普通の人間の赤ん坊とかわりないくらいの大きさにまで成長しています。
光る日と光らない日も出てきました。成長の証だそうです。
「何、その……その子、精霊でも人間でもない、何その子」
「我が子だ」
アエテルさんはウェントスをあやしながら、胸を張って答えました。
「……は?」
デアちゃんは呆然と口を開きました。
「この泥棒猫ー!」
「にぎやかですねえ、まあ、ゆっくりしていってください、デアちゃん」
「ゆっくりも何も光と羽根を返してもらえないと帰れないわよ!」
今日も我が家はとてもにぎやかです。
……その後、必死にデアちゃんと研究部屋の書物を読みあさり、アエテルさんには一旦精霊界に戻ってもらい、情報収集をお願いしました。
そうして、なんとか第二子が生まれる前にデアちゃんに光と羽根を返せました。
いやあ、このまま戻らなかったらどうしようかと思いました。
「……次はないから! でも、ウェントスとお腹の赤ちゃんは健やかにね!」
デアちゃんは自分の甥か姪かに祝福の言葉を投げかけると、精霊界に帰って行きました。
私が光と羽根を奪ってしまったせいで失った魔力を回復するには、しばらく精霊界に戻らないといけないそうです。
悪いことをしました。
「……コレット、もう禁術は禁止だ。頼む。やめてくれ」
「…………はい」
「沈黙が長い、コレット。我の目を見てもう一度はいと言ってみろ」
「……第二子が産まれるまでは、はい」
前半を早口かつ小声で言ったのですが、アエテルさんの尖った耳は聞き逃してはくれませんでした。
「コレット!」
「むう……」
拗ねてみせましたが、今回ばかりは通用せず、アエテルさんの手によって、魔術の研究部屋の入り口には板が打ち付けられました。
慣れない釘打ちにアエテルさんの手は腫れ上がりました。
「……大体、精霊の研究をしたかったら我がいるじゃないか……」
今度はアエテルさんがちょっと拗ねてしまいました。
「可愛らしいですね、私のアエテルニタスは」
「……もう、そういう言葉ではごまかされないからな、コレット」
「はい、ごめんなさい」
さすがに素直に謝りました。
婚約破棄から始まった私の日々は、今日もにぎやかで、穏やかで、幸せです。