第八話
「き、君は一体何者なんだね?」
身なりのいい男性が代表して質問をしてくる。
「あー、さっきも言いましたけど通りすがりの魔法使い。いや、それだと怪しすぎるのか? 旅人ということにしておいて下さい。名前はユーマです」
自分で言っておきながら一層怪しくなったものだと思いながらも、笑顔で自己紹介をする。
「そ、そうか。それではユーマ殿、みんなを代表して礼を言わせてくれ。私の名前はマークス、マークス・エーデルハイト。ここから少し離れた街の領主をやっているものだ、君のおかげで我々はこうして無事にいられる。デミトリ、彼の傷を治してくれたことも重ねて感謝する。こちらは娘のマリーだ」
マークスは得体のしれないユーマに対して深々と頭を下げて礼を言う。
短めの金髪に整えられたヒゲ、そして貴族が着るような洋服からは気品を感じさせられる。にもかかわらず、この場で素直に頭を下げる彼にユーマは好印象を抱いている。
年齢は恐らく三十代後半から四十代前半だろうというのがユーマの予想だった。
「ユーマ様、ありがとうございます。私の名前はマリエット、マリエット・エーデルハイト。マリーとお呼び下さい。この度はユーマ様のおかげで助かりました!」
マリーはスカートの裾をつまんで優雅に一礼すると、ニコリと可愛らしい笑顔を見せる。少女という言葉にふさわしい屈託のない笑顔であった。
彼女も父と同様の金髪だったが、サラサラと流れるようなストレートの髪は手入れが行き届いており、見ただけで滑らかな手触りなのだということがわかる。
「我々からも感謝を。私は護衛騎士のラルフという。本来、お二人を守ることは我々の仕事であるというのに、実力不足であなたの力を煩わせてしまった。申し訳ない、そしてありがとう」
緑の髪の剣の騎士ラルフは姿勢を正してユーマに礼を言う。
「同じく護衛騎士のアンディだ。怪我を治してくれたことも感謝しないとだ、ありがとな。あのままだったら右手が使えなくなっていたかもしれないから……本当に助かったよ」
青い髪の槍の騎士アンディは軽く左手をあげて言うが、槍を握っている右手には力が入っていた。
「どうも、いやほんとたまたま通りがかっただけなんで、気にしなくていいですよ」
真正面から素直に礼を言われたため、ユーマは頬を少し赤くして視線をそらして頬を掻く。
森に一人でいたユーマを怪しく思って問って詰めるより先に、感謝の言葉が最初にでる。それだけでいい人たちなんだなと、彼は思っていた。
「いやはや、あれほどの強さを持っていながら謙虚なことだ。ユーマ殿、よろしければ少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
マークスがユーマに質問する。これも別段問い詰める意図はなく、感謝を伝えたい、礼をしたい、ただそんな思いで声をかけている。
悪意はなく、善意のみであることが伝わったため、ユーマは笑顔で頷いた。
「ただ、ここだとまた魔物が出てくるかもしれないので、どこか安全な場所に……」
ユーマが周囲をキョロキョロと見回す。今のところは安全であり、周囲に魔物はいなかったがいつ現れるかわからない。
「うむ、そうだな。ここは一度馬車に戻ったほうがいいな。ラルフ、アンディすまないが先行してもらえるか?」
「「承知しました!」」
返事をすると、二人は武器を構えて慎重に進んでいく。特にアンディは一度怪我をしているからこそ、安全確認を怠らなかった。
マリーはというと、ユーマの隣に移動すると彼の右手をぎゅっと握ってきた。
「えっと、その……」
勢いで握ってから顔を赤くするマリー。頼もしいユーマと一緒にいれば安心できるという思いからの自然な行動だったが、実際に振り返るととんでもないことをしたように思えてしまった。
「ははっ、そりゃあんな魔物に襲われたら不安なになるよな。いいよ、馬車まで手を繋いで行こうか」
年齢でいえば、ユーマよりだいぶ下と思われる少女の行動に対して、よきお兄さんの対応をしていた。
ここで、胸中穏やかでないのはマークスだった。
(ま、まさかマリーが家族以外の者に懐くとは! しかも自ら手を握るなど初めて見たぞ! し、しかし、二人の年齢は離れているはずだし、ユーマ殿も子どもになど興味は……いや、あの笑顔はもしかしてそういうことなのか?)
などと、二人の後をついて行きながらずっと心を乱すこととなった。
強力なレッドベアがやられたからか、帰り道は魔物と遭遇することなく森の入口へと到着することができた。
ユーマが入ったのは城側であり、マークスたちが入ったのは反対側であった。
「とりあえず、ここまでは魔物がやってくることはないので安心して休めるかと。デミトリ、準備するぞ」
「おう、戦闘では足を引っ張ったが料理は任せてくれ!」
到着するや否や、ラルフとアンディは休憩の準備をしていく。その手際はよく、まるで執事のようでもあった。
簡易的な椅子に座っているユーマ、マークス、マリーの三人はその様子を見ながら談笑していた。
「はは、騎士の二人がこんなことをやっていて驚いているみたいだな。普段は家で執事に鍛えられているんだよ」
「執事に、鍛えられている?」
かみ合わない二つの言葉にユーマは首を傾げていた。
執事といえば、メイドの女性版で家のことをやっているというイメージ。
対して騎士は戦うことが第一である。
「執事長のギルバートは元々有名な騎士で今はうちで働いてくれているんです!」
ここでユーマの隣にいるマリーが会話に入ってくる。何かユーマの役に立ちたいという思いからの発言である。
「なるほど、家の他の仕事を手伝わせる代わりに戦闘方面で鍛えてくれているというところか」
「そのとおりです!」
自分の話を理解して言葉を返してくれたユーマに対して、マリーの笑顔は一段と輝きを見せる。
「ご、ごほん、それでユーマ殿はどんな用事でこの森に来ていたんだい?」
ギルバートは注意を自分に集めるため、わざと咳ばらいをする。
ユーマは何を言うのが正解なのか、答えるまでのコンマ数秒のうちに頭の中で考えを巡らしていく。
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