第五話
ユーマの挑発に対して、尊の顔から表情がなくなる。
「わかった、望みのとおり全員で相手をしよう。騎士長、開始の合図をお願いします」
「しょ、承知した」
尊の言葉遣いはいつもどおりだが、怒りではらわたが煮えくり返っているのは誰しもが感じ取って居た。
(ふむ、悪くない流れだな。あとはどうやって〆るか……ここからの成り行き次第か)
訓練所の中央にユーマとクラスメイトが対峙する。
「おい、進藤! 許してくれっていっても、もう遅いからな!」
「俺たちを全員相手にするとか舐めたこと言ってるんじゃねえ!」
怒り収まらないのは尊だけでなく、他の生徒たちも同様だった。魔法が使える生徒は既に攻撃魔法の準備をしている。
「いやいや、舌の根も乾いてないっていうのに、許してだなんて言えないだろ。それに俺がやらないといけないことは力を証明することだから……これくらいのほうが丁度いいさ」
ユーマはここまで挑発のためにあえてヘラヘラ笑っていたが、ここからは真剣な表情へと変わる。
「どちらも準備はいいな……はじめ!」
騎士長による開始の合図とともに、尊を先頭にユーマへと向かっていく。
「さすがにこの人数に来られるとすごい圧を感じるな」
尊が斬りかかってくるものかと思ったが、先方となる近接攻撃部隊が足を止める。
その頭を越えて、ユーマに魔法が降りかかる。
炎の玉、氷の矢、雷、風の刃、岩の槍と様々な魔法がクラスメイトから放たれた。
「こいつはすごい!」
自分以外の魔法を間近で見られていることにユーマは興奮している。しかし、興奮しているだけではこのまま魔法が直撃してしまう。
(炎の玉だけ爆発させて……)
「展開、”石”」
少し大きめの石を見えないように出現させて火の玉を爆発させる。
「収納、”魔法”」
それに合わせて他の魔法を次々に収納させていった。
「やった!」
「死んだか?」
爆発は煙を生み、ユーマの姿が見えないため生徒たちは予想を口にする。しかし、煙の中から横に転がってユーマが姿を現す。その手には剣が握られていた。
「せやああああ!」
近接戦闘でくるならと、尊がユーマへと斬りかかる。
剣聖の称号を持つ尊に対して、収納士のユーマでは剣術で勝てるはずもないため、受けるなどという選択肢はない。
避ける。避ける。避ける。なんとか攻撃を回避していくユーマだったが、尊の剣は鋭さを増していく。
「これはまずいな。展開、”はちみつ”」
ユーマは右手を前に出すと、調理場でくすねた蜂蜜を瓶ごと取り出して尊の前に出現させる。
「なんだ!?」
自らに迫ってきたソレを尊は思わず斬りつけてしまい、中身を全て浴びてしまうことになる。
「うわっ、甘っ!」
尊は中身が蜂蜜であることに少しの安心感と、べたべたする身体の不快感に襲われる。手でそれを振り払おうとして、更に手もべたべたになるとい悪循環に陥る。
「よっと!」
「うわっ!」
ユーマは混乱している尊の腹を蹴飛ばして転ばせる。
その様子を見ていたクラスメイトは、自分も同じようになるのではないかと躊躇している。
「さあ、みんなもかかってこいよ」
手をくいくいっと動かして、そんクラスメイトを挑発するユーマ。
「っざけんなあああああ!」
「死ねえええええ!」
斧を持った生徒と、槍を持った生徒はユーマの挑発に苛立ってそのまま向かっていく。
「展開、”小麦粉”。展開、”こしょう”」
ユーマは突っ込んできた二人に対して、それぞれを取り出して顔にぶつける。
「うわっ! みえ、見えない!」
「ぶえっくしょん! ぶえっくしょん!」
視界が封じられた斧男、くしゃみが止まらない槍男。
ユーマはこちらの二人も尊と同じように腹に蹴りをいれて吹きとばした。
「こんなもんなのかな?」
あえてニヤニヤと笑うことで、更に挑発を重ねていく。
「魔法で攻撃だ!」
最初の魔法攻撃では、ユーマに効果があったように見えていたため、近寄らずに遠距離で攻撃することを選択する。
先ほどと同じように様々な魔法がユーマめがけて放たれる。
「今度は誤魔化さなくていいか。収納、”魔法”」
ユーマに到達する直前で、魔法が全て収納されていく。
「「「……えっ?」」」
これは今の光景を見ていた全員の声だった。
最初は魔法は効果があった(ように見せていた)。
しかし、今度の魔法は全て一瞬のうちに消え去ってしまった。
「どうかしたかな?」
ユーマは更に挑発を重ねる。
「も、もう一度だ! 魔法を撃て!」
誰かが叫ぶと、再度魔法攻撃がユーマに降り注いでいく。
「収納、”魔法”」
今度も同じ結果になったため、クラスメイトには動揺が広がる。
尊をはじめとした近接メンバーは手も足も出ず、魔法による遠距離攻撃も全て防がれてしまった。
ここでリーダーシップを発揮するのは、やはり尊である。ユーマに転がされた面々は全員クラスメイトの場所に戻っている。
「みんな、さっきは不甲斐ない姿を見せたけどもう一度だけ僕の言葉を信じてくれ!」
彼の言葉にクラスメイトは大きく頷く。一度のミスをみせたものの、やはり彼がクラスの中心であることにかわりはなかった。
「任せた!」
「頼む!」
尊ならこの状況をなんとか打開してくれる、みんながそう思っていた。
「まずは距離を近づける。それから魔法攻撃をしてくれ、ただ少しだけ時間差をつけるんだ!」
「「「「了解!!」」」」
その指示に従って全員がひと固まりになってユーマとの距離を詰める。そして、一人が魔法を撃ち、続けて一人、また一人と少しだけタイミングをずらしていく。
「なるほど、集中させないことで連続した収納をできないようにってとこか……さすが」
ユーマは尊の指示が存外悪くないものであると喜んでいる。
「収納、”魔法”」
先ほどと同じようにユーマは魔法を収納していく。
「くら、ええええええ!」
魔法を収納しているタイミングに合わせて、尊は剣をソーマに向かって投げつけた。
これまでユーマは収納する対象を口にしていた。つまり同時に名称を言うことはできないため、魔法の収納中には剣を防ぐことはできない、というのが尊の考えだった。
剣は炎を、雷を、風を貫いて真っすぐユーマへと向かっていく。
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