第三話
「神山さん?」
まさか自分を訪ねてくる人物がクラスにいるとは思っていなかったため、ユーマは扉越しに首を傾げている。
「そう、あんまり話したことはないと思いますけど、その、進藤君の姿を初日に見て以来一度も見ていなかったから……ご飯食べられてますか? お風呂は?」
「ははっ」
秋穂の質問を聞いて、ユーマは思わず笑ってしまう。
「な、なんですか?」
「いや、神山さんの言い方がお母さんみたいだから、つい。心配してくれてるのに笑ったりして悪かったよ……ご飯はまあ食べてるよ。風呂はないけど……この状態で話を続けるのはあんまりよくないな。確認だけど、神山さんは俺の敵か? それとも味方か?」
ユーマは声のトーンを落として、真剣に質問する。
「え、えぇ、ええっと、多分ですけど……進藤君と敵対するつもりはないですし、あなたのことを馬鹿にするつもりもありません」
急な質問に戸惑いながらも、秋穂はなんとか答えを口にする。
「わかった。収納、”扉”」
答えを聞いて、ユーマはすぐに扉を収納する。
「きゃっ!」
「しっ!」
驚く秋穂手を引いて部屋に引っ張り込むと、静かにするようジェスチャーをする。
「誰もいないな……展開、”扉”」
「……あ、あの、進藤君の能力って収納魔法でしたよね?」
マジックバッグと同じ能力だと聞いていたユーマの能力だったが、その範疇に収まっていないことは今の一瞬だけで理解できる。
「その通りだけど、マジックバッグとはちょっと違ったみたいだ。まあ、色々できるってことで。それよりも神山さんは大丈夫? 俺のところまでわざわざ来るってことは、他のやつらとは違うみたいだけど」
彼女以外のクラスメイトたちは力を手に入れた万能感からなのか、ユーマのことを見下しており、力がないことを蔑むような視線を向けていた。
「そう、かもしれないです。仲のよかった子たちも王様の言うことを信奉しているみたいで、魔王や魔物と戦うことが怖くなかったり、当たり前だと思っているようなんです……私もそうですけど、やけに落ち着いている部分もありますし」
クラスメイトには気弱な少女もいる、運動が苦手だった生徒も少なくない。にもかかわらず、全員が全てを受け入れていた。
「……俺はさ、城の中を色々と嗅ぎまわってみたんだよ。さっきみたいに扉を収納してさ。情報を集めたり、秘密の会話を聞いたりさ。そこでいくつかわかったことがあるんだ」
「な、なんですか? 教えて下さい!」
秋穂も何かがおかしいとは感じていたが、それがなんであるのかまで掴むことができずにいた。
「まず、俺はあと一週間ほどしたら殺される」
「!?」
衝撃なことを、ユーマがあっさりと言い放ったたため秋穂は驚いて身を固くする。
「能無しのただ飯食らいをいつまでも飼っておくわけにはいかないらしい。今、生きているのはみんなが修行に出かけるのが一週間後だから、そこで俺は旅に出たことにするとのことだ」
秋穂は口元に手を当てて信じられないものを見ているような顔をする。
「次に、俺も含めて驚くことが少なく気持ちが落ち着いている理由は、女神のせいだよ」
「女神、ですか?」
初耳の言葉に秋穂は首を傾げている。長い髪を一つに縛っているポニーテールがふわりと揺れる。
「……俺たちは地球から直接この城に召喚されたわけじゃないんだ。召喚されて、女神が住む空間に呼び出されて能力を与えられて、そこで女神たちに関する記憶を消去されて、この城に召喚されたんだよ」
「えっ?」
思ってもみなかったユーマの言葉に、秋穂は固まってしまう。
「そういう反応になるよな。多分だけど、このことを知っているのは俺だけだよ。色々俺たちに話して能力をくれた後に、記憶を消させてもらうって女神が言ったんだ」
「そ、それで?」
そのあとに何かをしたからこそ、ユーマは女神のことを記憶している。
「収納したんだよ」
「収納……何をですか?」
「記憶を」
「!?」
ユーマの言葉に秋穂は再び驚くこととなる。
「まあ、それが俺の能力ってこと。あの時は一か八かだったけどな」
してやったりといった様子でユーマは笑っているが、その一瞬で信じられないことをやってのけた彼に秋穂はごくりと息を呑む。
クラスでも目立たない存在のユーマ。その彼がここまで自分の能力を把握して使いこなしているのを見て、秋穂はただものではないと考えていた。
「わ、私の記憶を戻すことはできますか?」
自分でも女神とのやりとりを見たいと思ったため、秋穂は距離を詰めて質問する。
「ちょ、ちょっと神山さん、近いって……そんな風に言われても俺は収納と展開ができるだけで、記憶を取り戻す能力じゃないんだよ。俺は自分の記憶をしまって、出しただけ」
「そ、そうでした……ごめんなさい」
秋穂は自分が無茶なことを言ってると気づいて、シュンとなって肩を落とす。
「まあ、気持ちはわかるよ。続きを話すけど、みんなは魔王を倒すために使われるし、戦力としてもあてにされている。勇者ということで立場もあるから、そこも重要らしい。で、俺も一応は勇者ってことになるから、放置して逃げられてどこかの国の勇者になっても困るんだ」
「なるほど、それで殺すという話に繋がるんですね」
秋穂の言葉にユーマは頷く。
「だから、俺は明日の昼間。城から出ることをみんなの前で宣言するつもりだ」
「えっ!?」
ユーマはこの部屋に閉じ込められており、王から命を狙われており、クラスメイトからもよく思われていない。その状況にあって公の場に姿を現すことはリスクが高い。
「ははっ、みんながきっとそんな反応をするだろうさ。そこを切り抜けないと真の自由は得られないだろうから、ちょっとばかり頑張るつもりさ」
ユーマはニヤリと笑いながらそんな風に言うが、聞いている秋穂は驚き戸惑っている。
「まあまあ、俺もさすがに無策じゃないさ。まず訓練してるみんなのとこに行って……」
そこから明日の作戦が説明される。
「ふむふむ、なるほどです……えっ!?」
説明を聞いて途中まではいい作戦かもしれないと思っていた秋穂だったが、終盤に差し掛かって思っていたものと変わってきたため驚いてしまう。
「というわけで、協力よろしく」
「……っ! はぁ、わかりました。失敗しても知りませんからね?」
運の要素が強いため、どうしたものかと一瞬悩む秋穂だったが、ユーマには味方が一人もいないことを考えると自分だけでもと納得することにした。
「ありがとう! さ、そろそろ戻ったほうがいいよ。また明日会おう」
ユーマは秋穂の背中を軽く押して、扉を収納すると外に追い出した。
「そうそう、今のやりとりは忘れてもらうね。心配してくれて嬉しかった、ありがとう」
「ええっ!?」
「収納、”今の記憶”」
ユーマは彼女の記憶を収納する。すると、彼女はぼんやりと歩き出した。
「悪いけど、あいつらや王様に俺の力のことが漏れる可能性は排除しておきたいからね」
ゆらゆらと歩き出した秋穂の背中を見送って、ユーマはニヤリと笑っていた。
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