第二話
基本的に誰かがユーマのことを訪ねることはない。
食事時になると扉の下部についている小窓から、トレーの上にスープとパンと水一杯がおかれて差し入れられ、食べ終えるとそこから外に出すようになっている。
これが外部との唯一のやりとりで、部屋にいるかどうかの確認は食事を食べたかどうかだけで判断されていた。
外から施錠されている扉に関しては、鍵ごと扉を収納して再びもとに戻すことで誰にもばれずに外出できる。それゆえに、食事の時間さえ気をつけていれば城内を好きに行き来できていた。
「情報を集めないことには、次の行動指針を決められないな」
外出は人目の少ない深夜帯に限定し、食堂に潜り込んで良いものを食べる。書庫に潜り込んでこの世界の情報を収集する。王や大臣の会話を盗み聞きして、彼らの狙いを探る。
数日が過ぎて、これらをひととおり終えると、今度は部屋の壁を収納してからもとに戻して、城から外に出るようにもなる。城から十分ほど歩いた場所にある森で能力の確認と、戦闘訓練を行う。
収納魔法しか持っていないユーマだったが、召喚の際に起きた変化『身体能力の強化』は彼にもおきており、剣での戦いを挑んでいた。
狼の魔物と戦う時は、狼の目の前に障害物を展開して動きを止めたところに剣で止めをさす戦法をとっている。
この森の多くの魔物に対してこの戦法は有効だった。
しかし、今回対峙しているのは、鋭い爪と牙を持つ熊の魔物。この魔物の前には、多少の障害物は意味をなさないため正面から戦う。
「ガアアアアア!」
熊の魔物がユーマに襲いかかる。
「くっ!」
左手の鋭い爪の攻撃をなんとか剣で防ぐが、体格差は大きく押し込まれる。
だが、これは全てユーマの狙いどおりだった。剣で正面からまともにやりあうつもりはなく、ただユーマに集中させるためのやりとりである。
その後も熊の魔物は左右の爪でユーマを攻撃するが、なんとかその攻撃を防ぎ続けていた。
「グウウウオオオオオオオ!」
なかなかユーマを倒しきれないことに苛立った熊の魔物は大きく右手を振りかぶって、強力な一撃を放とうとする。この攻撃を城で拝借した一般的な剣で受け止めるのは難しい、ユーマもそう予想していた。それがわかっているからこそ、次の手に打って出る。
「展開、”ブロードソード”」
剣と口にしてもよかった。片手剣と言っても構わない。しかし、ユーマは明確に自分が収納している武器の中でも、このブロードソードを展開させたかった。
ユーマは武器を準備していた。
木に登って高いところから落としたブロードソード。落下の勢いのまま収納し、それを展開して加速度を増した状態で収納する。
それを幾度も繰り返すことで、ただのブロードソードを強力な武器へと変化させていた。
「ガアアアァァァ……」
上空に展開されたブロードソードは収納時の勢いのまま熊の魔物の頭に突き刺さり、やがてその命を奪った。
「ふう、強かったなあ。この熊も、剣も……収納、”ブロードソード”」
熊の魔物を倒してくれた剣を収納してから一覧を確認すると、そこには”壊れたブロードソード”と記されていた。
「あちゃあ、さすがにあの威力だと壊れるか」
城で拝借した適当な剣は強度が低いため、熊の魔物を倒しただけで壊れてしまった。
「別の武器も色々と用意しておかないとだな。あとは……収納、”熊の魔物”」
正式名称がわからないため、魔物を現す言葉を適当に口にして収納する。このあたりは使い手の主観に左右されるため、便利な魔法だった。
「さてさて……なるほど、グレイベアか。確かに毛並みが灰色だった」
この魔法の更に便利な部分は、収納したものの名称がわかることだった。更に更に、便利機能として魔物は特別意識をしなければ解体された状態で収納される。
「おっと、戦闘に集中しすぎたな。そろそろ戻るか」
腕時計を確認すると既に城を出てから二時間経過していたため、森から城へと戻ることにする。
ユーマが軟禁されている部屋は、外の警備が最も手薄な場所であるためその姿を誰かに見咎められることはない。
部屋の壁に到着すると、出た時と同じように収納・展開を行って部屋へ戻っていく。
コンコン
「は、はい!」
戻ったのとほぼ同時のタイミングで部屋の扉がノックされたため、ユーマは慌てて返事をした。
「あの、同じクラスの神山秋穂ですが。進藤君、ちょっと話せますか?」
それはクラス委員であり、唯一ユーマに対して同情の視線を送っていた人物であった。
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