序章六話 我流
「……少し開けてきたな」
「おう、人が通っていそうな感じがする」
ヤマトの言う通り今までの草が生い茂るだけの道とか少し違った道に変わった。少し高い丘のような場所も見えるからそこまで行けば人がいるかもしれない。ただ行くとなれば少しだけ準備不足な感じも否めないけど。異世界の街にあまり良いイメージがない。
俺は弱いから身を守るために拳銃を使うことになるだろう。そうなれば峰打ちを考えて戦うことが一番に難しいそうだ。手を撃ったとしても撃たれた相手にはかなりの大ダメージは免れない。頭とかなら即死だ。……慣れておく必要がありそうだな。
「それはいいんだけどさ……やっぱり、お金が無いことには人のいる場所に行っても意味が無いんじゃないか?」
「それはそうだね……」
倒していくうちに魔物が売れることは陽菜から教えられていた。ただ回収するほどの価値でもないのと日本、もといここなら異世界のアイテムを高値で買う物好きもいるらしいから汚すに汚せなかった。素材だけを回収するにしても教科書とかで包むことになるからな。
そもそもの話、俺や大和は学校帰りだったからカバンがあったけど他の三人は違う。本当に遊びに行くための小さなカバンだから入れれる量も限られている。特に異世界の道具として高値で売れそうな優奈のカバンや中身は絶対に奪われてはいけないものだ。色気づいてブランド物の化粧品とか入っているし。
「……最悪は肩に担いで持っていくさ」
「言い出しっぺの大和に任せるわ」
「おう、任せておけ」
へー、非難してくるかと思ったけどやる気か。
本心で話せばかなり助かるな。まぁ、そんなことを言う気もサラサラないけど。思っているんだったら口に出すのではなく動け。相手の利になることで返した方がより恩返しになるしな。
「ん?」
少し気を逸らした時に変な音が聞こえた気がした。ガサッと何かが動く音……いや、動いたな。それも草むらから飛び出してきやがった。ハチマキをまいたゴブリン……と手下のようなゴブリンが三体か。少し息を切らしているようにも見えるけど気にしたら負けだ。
「顕現!」
「死ね!」
俺よりも秀の攻撃が早かった。
それも俺が狙っていた魔物ではないゴブリンリーダーの頭を剣が突き刺して殺している。俺は連射でリーダーの後ろにいたゴブリンを二体、殺している。……三発撃ったけどさすがにリコイルが慣れていなかったから、全発当てるのは無理だったみたいだ。
ただ落としていたとしても、落としていなかったとしても意味は無いけどな。とっくに大和が走り出している。一発だけアッパーで顎から撃ち抜いて、飛び上がったゴブリンの胸と足を掴んで着地の瞬間に足で蹴りあげていた。逆海老反りだからあまり教育には良くなさそうだな……。
「……飯が向こうから来てくれたぞ」
「違うだろ、コイツら何かから逃げていた。そう考えた方が正しいだろうに」
秀の小さなボケに正論で返す。仲が良くなければノリ悪いとか言われるんだろうな。だから、面倒なんだよ。ノリとか人それぞれでいいだろうに。と、秀とかは何も言わないだろうに学校の面倒くさい奴の顔が思い浮かんでしまった。
リロードだけは忘れずにしておく。もしかしたら追いかけている可能性があるから敵が奥から飛び出してくるかもしれない。俺のやっていることが理解出来たのか、大和と秀も構えて俺の左右を見てくれている。
「……さすがに来ないか」
「ああ、ありがたいことにね」
「敵がどの程度なのか分からない分だけ心臓に悪いな……」
陽菜が隠蔽をかけてくれているのは分かっているけれど、何かが追いかけてきていたのなら回避する方法はない。いや、そのまま逃げるのも手だったか。ただ隠蔽を超える力を持つ存在が出たのならば、どちらにせよ死んでいる。
「……行ってみよう」
「どちらにせよ、進行方向だしな。真逆に進んでいたら森で寝ることは確定だ」
「虫は嫌!」
知っているから、せめて屋根のある場所くらいは見つけようとしているんだろうに。虫が寄らないように火を焚くのなら雨が一番に怖いだろう。消えられては困るし。あまりうるさくされると優奈を前に出してヘイト稼ぎを任せるぞ。ってか、本当は大和よりも優奈が前に出るべきなんだけどな。
少し進んでみた。物音は立てずにゆっくりと進んでいるからエンカウントはしていない。無駄な戦闘は不必要だからな。拠点もないのに大怪我をする方がキツい。それに隠蔽もあるのなら使うのが普通だ。陽菜には悪いけど。
「……声がする」
俺が呟くと秀が小さく首を振った。
後ろを付いてきていた二人を手で制して耳に全神経を集中させた。声からして男と女が……三人と一人か。声音からしてこれで間違いは無いと思うが。視界にはあまり映らない。そこは他の人に任せよう。
「あー、逃げられましたねぇ」
「気持ち悪い話し方をしないでもらえる。あなたのせいで逃げられたの。本当に使えない男ね」
高飛車な女の声、小さく歯を噛む音も聞こえる。
それでも女の態度が変わらない当たり一番に強いのが女なんだと思う。まぁ、ヒモになるにしても今みたいなことを言う女には付きたくないな。悪いが俺は虐められて喜ぶタイプじゃない。
「……そもそも道を迷ったのはあなたよね。洞窟に帰る途中だったというのに……コイツは馬車を襲う時に失敗したし……本当に私の不利益になることをするのね……」
冷徹な声、そして馬車を襲う。
話からして普通の人とかではないな。あまり人には顔を出せないようなことをしている……盗賊とかか。どうしよう、逃げようと思えば逃げられるだろうし捕まれば優奈や陽菜がヤバい。可愛いから奴隷として売られてしまうだろう。ただ倒した時のメリットも大きそうだ。洞窟があるのなら奪って寝床にしたい。
陽菜を抱き寄せる。少し小さな声を出していたけど隠蔽が解けるほどではなかったみたいだ。耳元で「質問いいか」と聞くと首を縦に振った。こういう時は陽菜から情報をもらえばいい。
「まず相手は俺達よりも強いか」
答えは首の横振り、つまりノーだ。
となると俺達で倒すことが可能ってことだ。最初の憂いは消えた。アイツらに捕まるって可能性が消えればかなり選択肢が広がるからな。それならば次の質問だ。
「盗賊を倒した時に持ち物は奪っても犯罪にはならないか?」
つまり倒して盗んでも俺達の道具になるかって質問だ。これでもしもイエスと言われれば……。
「顕現」
「は?」
こうやって飛び出して戦うってもんだ。
それにしても俺が軽く小突くだけで飛び出してくれるなんて……秀も分かっているな。そうじゃなければ戦いなんてしないはずだ。金が無いのなら奪えばいい。それも合法的なやり方で。かの有名な羅生門でもやってはいけないと分かっていてやっていた白髪の老婆は物を盗まれた。それをするだけでしかない。
「やぁ、盗賊の方々」
笑いかけながら軽く会釈をしてやる。
笑みとは別に心の中は倒すことでいっぱいなわけだが。さて、練習の時間としよう。確かに目の前の人達は死んでもいい人間だ。だが、殺してしまえば俺達も殺されていいことになってしまう。
「皆、やるのなら殺すのではなく半殺しだ。つまりは」
「精神を攻撃する」
大和と秀がニヤリと笑いながら飛び出した。
秀は剣と槍を構えている二人の男を、大和はメリケンサックを付けた男だ。そうなると俺は目の前の女を倒すことになる。顔は見えなかったが不細工な顔ではないな。まぁ、可愛くもないが。
「あら、綺麗な顔の男ね」
「お褒めに預かり光栄」
そう言って拳銃を構える。
相手も同時に鞭を構えてきた。俺は完全な遠距離型だが相手は中距離型か。殺さない程度にボロボロにする。死ななければいくらでもやっていけるからな。それは当人の問題だ。
「ねぇ、私のところに来ない?」
「結構です、貴方も分かっているのでしょう。生きるために貴女方を倒そうとしているのを」
軽く笑ってやる。
さて、どこまでやれるのか見ものだ。
相手がではなく俺がな。汚く笑ってやろう。
「その意地汚い心を調教してあげるわよ!」
「出来るかな?」
一発、撃ち込んでみた。
狙いは鞭を持つ手だ。だが、何かを察したのか女が身を翻してしまう。そのせいで当たったのは鞭を持つ右手ではなく左手。撃ち抜いて穴が空いているから血が垂れているな。
女の顔が一気に青ざめた。
バレる前に落としておきたかったんだけど……まぁ、それはチート持ちの秀くらいしか出来ないだろう。というよりも一撃を当てただけ褒められるべきだと俺は思うね。ってか、武器がこれだけ強ければ使い手の俺もかなり強いって思われてそうだな。そんなことは一切ないのに。
「い、今のは……」
「ああ、安心してください。殺しはしませんからね。ただ……盗賊なら捕まった女がどうなるのかは分かっているはずだ」
よく悪役のようなセリフがペラペラと出る。
ここまでの演技力があるのなら声優も本当に難しくないんじゃないか。日頃の声出しやセリフの練習が役に立つとは……何が起こるか分からないもんだな。
ただなぁ、女の顔を見ると気持ちよくなれない。
俗に言うリョナとかはあまり好きじゃないんだよな。ホラゲやアニメとかのグロシーンはかなり耐性があるし好きだけど、なぜか女性のこういう姿は好きじゃない。手を押えながら鞭を持つ力も無くなって、へたり込む姿。これを見て気分がいい奴がいるか? 俺はノーだ。本当に恐ろしいのか、地面を濡らしているし。
「な、何でもするから」
「何でも? 要らないです」
俺の狙いは本当に精神崩壊だけだ。
もっと軽い戦意喪失で逃げられるのを待つだけ。何でもするからってどこのインターネットのネタだよとか思ったけど……そういう意味では言っていないだろうな。早く逃げてくれないかなぁ。面倒くさい。一撃で戦意喪失してくれるのなら消えてもらいたいのに。
そうなると俺の返答はダメだったか。
生かさない、つまり地獄に落ちろと言われているようなものだからな。手を抜いたところからして痛めつけて殺されるとかも頭の中にあるかもしれない。一対一なら逃げられそうだけど腰を抜かしているようにしか見えないから、逃げようとする意思すら今はないんだろう。
「お、終わったのか」
「弱いからな」
男三人を肩に担ぐ大和。
男三人がパンツ一丁なのが少しだけ面白い。一応だけど武器や防具類も奪っておいたのか。目の前の女にもやっておくべきか? いや、そんな趣味ないしなぁ。売るにしても面倒事が多すぎるだろうし。だからって逃がすか?
そのせいで女の顔は酷く強ばるし。
まぁ、他の三人の意識を飛ばしたのであれば一人だけ意識を奪わないでおいたのは正解になるな。これはこれで後で皆から何か言われそうだけど、これしかないだろう。一言で表すのなら面倒だ。
「……男三人を連れて罪を告白しに行け。もしも同じことをしてみろ。次は殺す、もしくは五体不満足な状態でオークにでも与えてやろう」
拳銃を下ろして鞭を右手に握らせる。
本当は連れて行くのも手だけど……改心してくれるのならそれほどいいことは無い。どうせ、奴隷になったら死ぬよりも嫌な現状に襲われることになるだろう。だから、俺からは何もしない。逃げるのなら逃げてくれて構わない。
「早く行こうぜ」
「ん? いいのか?」
いいのか、か……。
いいんじゃね?
「面倒だし俺達が被害を受けたことがあるわけじゃないだろ。逃げるのなら逃げてもらって構わないし新しい人生を歩んでもらって構わない。まぁ、女が素っ裸なら男とは違う意味で可哀想なことになるしな」
テレビならばコンプラ違反とか言われる話か。
というか、服を着ていないだけでゴブリンとかのヘイトを買いやすそうだからな。男は虫に食われるだけじゃね。それに防具や武器は大和に担がせたけど服は汚いから置いたままにしている。それを優しさというのならそれでいい。
「もしも皆が被害にあっていたのなら構わずに殺していたよ。ただ被害を受けたのは関係の無い人達だろうし、アイツらはただの小悪党でしかないからな。アレくらいのお灸添えでいいんだよ」
真に受けて本当に自首するのならそれでもいい。
要は勝手にやってくれって話だ。俺達の目的は拠点と盗賊達の宝だけだ。あれだけの小悪党なら大した金銭はなさそうだけどな。それでもゼロよりは一の方が良いのが世の常だ。
日本ならやり直す機会はいくらでもあるだろう。それでもよくある異世界の話を思い出せば俺は後悔してしまうかもしれない。奴隷という存在がいるかは謎だけど、いた時にただ盗賊だからと相手を地獄に落とす。それって俺のしたいことか? 別に貰えるものを貰えればいいだけのはずだ。郷に入れば郷に従えと言われても郷の知識すらない現状で何をしようと勝手だろう。
とりあえずは丘の方へと進んだ。
あー、失敗したな。どうせなら洞窟の位置を吐かせておくべきだった。慢心慢心、次は同じことが起こらないようにしよう。「そんなに大人の女性が好きなの」とか言いながら、小突いてくる優奈を無視しながらまた歩き出した。小突くのはまだいいけど腕に腕を絡めてくるのだけはやめて欲しい。……一応、俺も男なんだよな。
零が黒と言えば秀も黒と言います。
詳しくは後々、書きますが仲間全員が何も考えないということではなく、零に対する信頼が非常に大きいという解釈をしてもらえると嬉しいです。ちなみにニューナンブの一撃を使えるだけでかなりの戦力として迎えられるほどに強いです。
次回からは二日に一回のペースで投稿させていただきます。次回は日曜の八時の予定です。