序章四話 無惨
「おー、絶対にこれだよな」
「……これ以外に考えられないよ」
反対側の奥、そこには先の世界が見えない代わりに紫色の何かが波打つ空間があった。四方は床とビル、上は空を超えて上まで突っ切っている。それくらいに大きな空間、いや、扉かもしれない。他の道も見てみたけれど同じく透明な壁があるだけだったからここで間違いは無いと思う。
手を伸ばしてみる。波打つ空間に新しい波が出来て波紋を広げていく。どこか不気味ながらに美しさも兼ね備えているな。少しだけ入れたままにしておいたけど特に変わった様子を見せない。手だけならまだいいかと思ったが迂闊だったな。何となく入れたところで消滅しないとは思っていたけれど。オークが現れていることとかでな。
「死んだら悪ぃ」
そう言ってから空間の中に体を入れてみる。
特に何も変わらないな。そんなことを考えていた時だった。周囲の景色がいきなり変わる。よく言われている白い空間で転移する、そんな感じが適切なのかもしれない。明らかに転移、もしくは瞬間移動をした。ビル街がいきなり木々に囲まれた何かになり……そして俺を動かしたであろう扉は俺の周りにはない。
「一人かよ……」
とりあえず周囲を見よう。
当たりをキョロキョロし始めてからすぐに見えている景色が変わる。ピンク色の何か、そして不思議と重い。……ダメだ、上手く頭が回ってくれない。
「キャアアア!」
「へぶっ!」
気がついた時には頬が痛かった。
顔を真っ赤にしてスカートを押さえながら睨んでくる。ってことは……さっきの景色は優奈のパンツ……ということか……。
「オエェェェ!」
「ねぇ! 酷くない!?」
「おま! 好きこのんでパンツの中に潜り込む変態じゃねぇよ!」
臭いわけではないけど気持ちが悪い。
優奈が嫌いなのではなくてラッキースケベみたいなのは本当にいらない。普通に疑問なんだけどパンツを見られたところで何も減らないし恥ずかしがる理由も分からない。ただ顔面にずっと付いていたであろうパンツが付くんだ。例え自分のであろうと嫌なものは嫌だ。
「……何か喧嘩している」
「アレだアレ、痴話喧嘩だよ」
「なるなる」
うぜぇ、アイツらにもパンツの呪いが振りかかればいいのに。いや、大和も秀も変態だからな。喜んで受けいれそうだ。それなら逆パンツの呪いがかかればいいのに。一生女性のパンツと縁のない生活をな!
「ドンマイ、優奈だから臭かったでしょ」
「匂い以前に痛くて分からんわ!」
「私のパンツで変な事を言わないで!?」
優奈に似て陽菜まで変態になったのか。
匂いに関しては本当によく分からない。離れてから鼻呼吸はしているけど変化もないし。言うほど臭いとかではないんだと思う。ってか、何で陽菜が優奈の匂いとか知っているんだよ。
「と、それは別にいい。ここはどこだ?」
「分からん。だけど、オークのいた世界ではあると思う。そして森の中……地球ではないよな」
秀に聞かれてそう返す。
ゲームとかの知識はあるけれどもどこまで合っているか分からないんだ。言うだけ無駄だと思う。というか、いちいち説明をしなければいけなさそうだから面倒だ。拳銃を一応、抜いておく。皆がビクッとしたけど「撃たないから」というと安心してくれたみたいだ。
「……さすがに銃の種類は分からないけど持ってきてよかったものなのか……?」
「そもそもの話があの空間に他の人が入れるかも不明だからな。持っていかなければただの星の栄養にもならない廃棄物になっていた。大丈夫だと思うが」
少しだけ拳銃が軽いように感じられる。
異世界だとすれば……まずは何が出来るかを試してみる必要があるかな。仮にオークのいた世界ならば他にもオークはいるだろう。それに襲われてしまえば無力だ。戦いを避けることが前提だとしても出来ることの選択肢が増えれば逃げるための選択肢も増えるだろうし。
「……あのさ、皆には変な数値が見えている?」
「数値……?」
よく分からないが俺の視界にはいつも通りの開けた世界しか見えない。普段と変わりないな。他の三人も同様と言った感じだ。となると、陽菜だけ見えている世界が違うとかか。伊達メガネをクイクイさせながら俺達を見詰めてくる。
「やっぱり、私だけだと思う。ステータスっていうものが見えているんだ」
「ステータス……?」
うおっ、いきなり視界の中に文字の羅列が現れたんだけど。割となくてもいい情報があったけどまとめるとこんな感じだ。
______________________
名前 菅野 零
職業 無職
年齢 15歳
レベル 1
HP 35/35
MP 85/85
物攻 G
物防 G
魔攻 G
魔防 G
速度 G
幸運 G
固有スキル
???
スキル
銃術G
魔法
火G
装備
ニューナンブM60(アーティファクト)
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数値と言うよりはローマ字表記でGとだけ書かれていた。見た感じ強いとは一切、思えない。装備品の名前が書かれているので俺の使っていた拳銃はニューナンブって名前らしい。括弧内のアーティファクトっていう言葉はよく分からないけど、それでも装備品とされるくらいだから使えないわけではなさそうだ。上手くいけば装弾の仕方とかも分かるかもしれない。
「ねぇ、何で零だけそんなにステータスが低いの?」
「えっ……?」
陽菜が神妙そうな面持ちで聞いてくる。
俺だけ低い……そこまでヤバそうな顔をするってことはかなり差があるんだろう。やっぱり、Gっていうのはかなり弱いみたいだな。まぁ、Aが最高だとしても七番目で雑魚だって言われても納得出来てしまう。
「零……少し辛いかもしれないけど全員のステータスを開示させるよ」
「そんなこと出来るのか?」
「多分だけど……感覚で出来るって分かっているから」
「それなら頼むよ」
自分がどれだけ弱いのか。
それを理解しておかなければ皆と一緒にいてもいいものか、考え直さなければいけなくなってしまう。一人だと辛いかもしれないが助けてくれた皆の足を引っ張るよりはマシだ。
「……ステータスを開示させようとしています。許可をしますかって聞かれているんだが許可でいいのか?」
「うん、お願い。多分、皆にも届くと思う」
最初は秀に届いたみたいだ。
次に大和、俺、優奈という順に届いているから陽菜の隣から順番にって感じだな。少しだけ恥ずかしいと思ったけど了承しておく。届くと言っても視界の変化が起こるわけではなくて脳内に言葉が張り付けられる感じ。その時に頭で了承するかしないかを選択するって、明らかに日本ではありえない方法だな。
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名前 八十木 陽菜
職業 魔術師
年齢 15歳
レベル 1
HP 18/18
MP 322/325
物攻 G
物防 G
魔攻 E
魔防 E
速度 G
幸運 F
固有スキル
魔眼(隠蔽 看破 麻痺) 魔導師の心得
スキル
投擲G
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______________________
名前 朝比奈 秀
職業 勇者
年齢 15歳
レベル 1
HP 100/100
MP 200/200
物攻 F
物防 E
魔攻 F
魔防 E
速度 E
幸運 A
固有スキル
顕現 勇者の心得
スキル
剣術G
______________________
______________________
名前 三浦 大和
職業 格闘家
年齢 15歳
レベル 1
HP 200/200
MP 50/50
物攻 E
物防 E
魔攻 G
魔防 F
速度 C
幸運 G
固有スキル
奪取 空手の才
スキル
格闘術S
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______________________
名前 小田嶋 優奈
職業 聖騎士
年齢 15歳
レベル 1
HP 400/400
MP 100/100
物攻 G
物防 C
魔攻 G
魔防 C
速度 G
幸運 SSS
固有スキル
幸運 愛嬌 結界
スキル
投擲G
______________________
確かに……これなら俺の心が折れるかもしれないと危惧するのは仕方ないな。俺のようなオールGとは違う。弱いと思っていた優奈でさえも聖騎士とかいう強そうな職業についていて、それでいて前衛を務めるには申し分ない力を持っている。
一見ステータスが低く見える陽菜は陽菜で魔眼とかいうおかしい固有スキルがあるし。何よりもそれだけの魔法面での力があれば俺ほどに足でまといになるとは思えない。……あー、俺いらない子だな。
「……陽菜が言うからには差が大きいとは思っていたけど……ここまでか」
「そうだよ、でも、表情からして焦ったりとか絶望したりしているわけではなくて安心した」
頭を強くかく。
絶望か……この程度でしていたら誰も前に進めないだろうに。それに俺は俺でよく分からないステータスの表示があるからな。絶望するには早すぎる。
「皆がある中で無かったり隠れている職業と固有ジョブか。……ステータスからして無職だからこそのメリットは無さそうだしな」
「それは……看破でも分からなかったです。詳しく説明を見ることは出来たのに固有スキルは外れなかったし、他に就けそうな職業とかも並ばなかったからね」
そうだとすれば……俺はずっと無職のままか。
さすがはニート、俺らしくて笑えてくる。もっと言ってしまえばただの寄生虫か。最悪だな、珍しく仲間に恩を返したいって思っていたのにそれをするだけの力も俺には無いなんて……。
「だ、大丈夫だよ! 優奈が零のことを強くさせるから!」
「……申し訳ないんだよ。俺は俺で生きていこうと思う」
「ダメだ! 五人の中でリーダーを任せられるのは零だけなんだぞ!? 強さで身勝手なことをするんじゃない!」
俺が心の中で思っていたことを呟いた瞬間に俺の胸ぐらを掴みながら、小さく涙を流して俺に怒鳴りつけてくる人がいた。秀のその姿を見て俺は余計に申し訳なくなってしまう。泣かれるだけ、リーダーとして認めてくれていたことが本心で話せばとても嬉しい。それでも……きっと俺は邪魔でしかないんだ。
「あー、熱くなっている中で悪いんですけど出ていく必要はないと思うよ」
「はっ?」
陽菜の言葉に胸ぐらを掴んだままで素っ頓狂な声を上げる秀。一気にズリっと掴む力が落ちて掴まれていた俺もかなりびっくりした。もちろん、陽菜の言葉にも驚きは隠せなかったけど。
「皆には書かれていない装備のニューナンブって拳銃ね、多分だけど零の魔力を使って撃つことが出来る強い武器なんですよ。少なくともニューナンブって武器は持ち主を零と定められているし他の人が使うってことは出来ないかな。威力自体も皆の一撃より重いCはあるから、この世界でかなり強い武器を扱える唯一の人間だと思うよ」
ニューナンブを眺めてみる。
陽菜が離すような強い武器には一切、見えないのに。それでも足でまといだから抜けるとはさすがに言えなかった。弱いからを理由にしたとしても秀なら軽く言い返されて終わりだ。強い武器を扱えるという抜けられない理由が、一つだけでも出来てしまうだけで秀は強いからな。
「そういう誰が抜けるかを話すよりも、ステータスの詳細を知って皆で強くなる方が早いと思うかな。零は言ったよね? 帰るために俺と一緒にいてくれってさ。言った張本人が勝手な行動をするのはさすがに許せないですよ」
「……悪いな。弱すぎて邪魔になるって思ってしまったんだ。少なくとも俺の命を捨ててまで全員には生きていて欲しいと思えたし」
「それなら一緒にいるべきだな。多分だが俺も皆もお前がいるから強くなれると思うぞ。あの時のように皆で乗り越えてやればいいんだ」
はっ……ここぞという感じでカッコイイことを言ってくれるじゃねぇか。後悔はしないでもらいたいね。俺なんかを養って死にかけても俺は責任を取らないからな。
「……ヒデ、大和、優奈、陽菜……弱い俺を助けてくれよ。ニートの俺を養ってくれよな」
「当たり前だ」
「しょうがねぇな」
「仕方ないですね」
「一緒にいられればそれでいいよ」
一人一人、違う返答だったけど了承は得られたみたいだ。……こんなことを思うのもアレだけど俺は本当にいい友達を持ったみたいだな。だからこそ、俺も皆を助けられるようにならないと。俺の期待に応えてくれよ、ニューナンブ……。大きなガチャリという音だけが俺には聞こえた。
仲間がチート←コレ重要!
ニューナンブという拳銃自体は武器オタクではなかったのでよく分かりませんでしたが、見た目的にはワルサーの方が好きでした。銃自体は好きですが詳しいわけではないので「これおかしくない?」などあれば質問等で教えて貰えるとありがたいです。
次回は明日の八時の予定です。