序章三話 選択
頭が理解した瞬間に足の力が抜ける。
無理もないよな、本当は怖かったんだから。壁に寄りかかる二人を見る限り怖かったのは俺だけでは無いはずだ。これで……俺が拳銃を持って正解だったと胸を張って言える。
拳銃を間近で見る。捕まらないよな……? 生きるために勝手に使ったけどこれでグダグダ言われたら正解がなんだったのか教えてもらいたくなってしまう。それぐらいに辛い戦いだった。だってさ、俺達はしがない高校生集団なんだぜ? オークとかいうゲームの敵を倒すには荷が重すぎるっての!
「はは、零! やっぱり、お前に任せて正解だったな!」
「俺も……まさか優奈と陽菜が戻ってくるとは思っていなかったんだ。アレがなければ……殺しきれていなかったと思う」
不思議と戦う前よりも体が動きやすい。
怪我による痛みはあっても手をグーパーした時に感じる力が少しだけ強い。もしかしたらレベルアップでもしたのかもしれないな。フッと笑って立ち上がる。拳銃をベルトとズボンの間に差し込んでおいた。
「二人はなんで戻ってきてくれたんだ?」
「あのね……逃げれなかったの」
「逃げれなかった?」
陽菜は沈黙したままで、優奈は小さく首を縦に振って合っていることを伝えてきた。逃げれないってことは……他にも敵がいるのか。いや、それならば辛そうでも逃げようと言ってくるはずだ。よく分からないが……。
「詳しく教えて欲しい」
「分からないの! 少し進んだところで見えない壁に阻まれてしまうから! 詳しくも何も教えられなくて! 帰ってきたら皆が死にそうで! それで!」
「ああ……」
興奮してしまったのであろう優奈を抱きしめてあげる。俺達は俺達で辛かったけど逃げていた二人も二人で辛かったんだ。すぐに気がついてあげるべきだった。
「深呼吸して。ゆっくりでいいんだ。俺達は敵ではないよ」
「すー……ごめん……」
虫の音よりも小さな声、怖かったんだよな。
分かるからこそ、責めるではなく頭を撫でて安らげるようにしてあげる。話している時に嫌われてはいないのは分かっているから、この程度なら優奈も嫌がりはしないはずだ。指で二人に陽菜をさして宥めるように合図してやる。理解しているようで背中をさすったりと陽菜の機嫌を取ってくれているみたいだ。
「確かに死にそうだったよ。だけど、優奈と陽菜が蓋を投げてくれたから助かったんだ。見えない何かで逃げれなかったのかもしれないけど俺達からすれば二人は命の恩人なんだ」
「優奈も……三人に助けられた……! 生きていてくれた! 頭が追いつかないの……豚の化け物がいたり見えない何かがあったり……」
「大丈夫、分からないのは仕方ないさ」
背中をさすってやると少しずつ涙を啜る音に変わっていった。恐怖から解放されて安心感から涙腺が緩んだんだろう。秀と目を合わせるとウインクされた。可愛い女の子を抱き締められて役得だなって言いたいのなら後でぶん殴ってやろう。女の子は好きであっても結婚をするのは最後の手段でしかない。
「怖かったよな、俺達も怖かった。逃げれなくても皆で生き残れただろ。優奈は自分のした事に自信を持っていいんだ」
「……うん、ありがと。もう大丈夫だよ」
最後に背中をさすってやると優奈はそう言って俺の拘束から離れていった。はぁ、昔の俺なら想像もつかなかっただろうな。優奈に命を助けられるなんてさ。そう思うと……一緒にいてくれたのがこの四人でよかった。
「陽菜は大丈夫か?」
「……優奈ほどではなかったからね。だけどさ、レイ×ユウは願っていないよ。せめてヒデ×レイがよかった」
「おう、大丈夫そうだな」
何でも腐った考え方でまとめないで欲しい。
確かに俺が言うことに最後の手段で大和や秀に養ってもらうなんてあるけどさ。俺は本当にただのノーマルだ。二人の名前を上げるのもそういう行為をしなくていい、面倒臭くなさそうな二人だからだしな。
「ねぇ! 零ってイイ匂いなんだね!」
「いきなりどうした?」
「男の人に抱き締められるのは初めてだったからビックリしたんだよ。これは世の女の子がギューとか壁ドンとかを望むわけですわ」
一人で納得するなよと思うけど無視だ無視。
面倒そうな優奈の言葉は無視するが吉だからな。これで俺は何度も面倒そうな案件を回避してきたんだ。回避出来なかったのはストーカーに近い男を負かすために俺に彼氏役を頼んできたことくらいだ。他には特に……あれ? 優奈から受けた面倒事ってそれくらいしかないな。面倒事の多さなら秀の方が明らかに多い……。
「はぁ、とりあえず行ってみよう。見なければ抜け出す方法も分からなさそうだからな」
「それもそうだな」
死体の残る場所を後にして優奈達が逃げた方向へと歩き出す。本調子に戻ったとは言っても優奈は未だに足が震えているみたいで肩を貸してやっているから歩きづらい。まぁ、命の恩人に離れろなんて言えるわけがないけどな。一本道を進むがいつもと変わらない通路だ。確かに優奈が言うように逃げようと思えば逃げられそうなものだけど。
「……コレか」
「そうだよ、見えない何かがあるでしょ?」
結界……かは分からないけど明らかに逃げられないように見えない何かがある。それも人通りに繋がる道に割と近づいたところにだ。もう少しで応援が呼べると思ったら逃げられない……人為的なものならどれだけ意地の悪い配置なんだ。性根が腐りすぎている。
「……一応だけど何か気付くことはあるか? 逃げようとしていた時との違いとかでもいいんだ。今の透明な壁は俺達でも分かるけど逃げようとしていた時との違いはさすがに分からないからね」
「うーん……特にないと思うよ」
「すいません、逃げることで精一杯で……」
「いや、それならいいんだ」
分からないことを聞いたって無意味。
となると、今の俺達で分かることを調べる必要があるな。最悪は反対の方向へ進んでみるのも手かもしれない。ただ、こんなことになっているからこそ一つだけ懸念がある。それはオークがどこから現れたかと考えたら分かると思う。
「まさか……な……」
「どうした?」
独り言のつもりだったけど全員に聞こえていたみたいだ。皆からの視線が痛い。憶測だから言いたくもないし良い結果にはならないと思うんだけども……言わないっていうのは不安を煽るだけか。一つの仮定として話しておこう。
「面倒だけどこれはあくまでも仮定な。もし本当なら本気でこういうことをしてきた神様を恨むくらいに面倒な仮の話」
「おう、それでもいいから教えてくれ」
「ああ、今の俺達の前が俺達のいた地球だとするだろ? それならオークはどこから現れたのかって考えてみたんだ」
考えるだけの素材はかなりあった。
そもそも戦う時も俺が反対側に逃げなかった理由にもなることだ。逃げやすさもあれど果たして反対側に逃げれば俺の知っている道に通じるか。俺の想定では不良と警察は逃げていたんだと思う。拳銃の玉の消費は無かったし思い返してみれば死体の目元には涙痕があった。ズボンにもシミがあったことから戦うことが出来なかったって考えるのがベストだ。
「……それは面倒じゃないか?」
「ヒデなら気付くよな……。一応だけど優奈と陽菜に聞かせて欲しいことがあるんだ。もしかして透明な壁の位置って動いていないか?」
これでだ、これで動いているとすれば俺達は地球に帰れるのか。……あー、面倒臭い。ただ台本をもらいに遊びに来ただけだってのに……。
「分からないけど……でも……少しだけ範囲が狭くなっている気がするな」
「……もっとギリギリにあった気がするよ」
はい、確定。結界はだんだんと反対側に引っ張られているんだ。つまり、この路地裏の世界は地球であって地球ではない。……試してみるか。もしもオークのいる世界がどこかから繋がっているのなら……。
「燃えろ」
小さな炎が出た。よく分からないけどイメージした小さな炎がポンっと破裂して火の粉を散らす。燃え続けるには何かが足りないようですぐに消えてしまったのか。あー、面倒だなぁ。
「……もう親には会えないかもな」
「え……?」
一番に考えたのは結界が四方に張り巡らされていて元々、迷い込んだ人々を関係なく殺すものだと思っていた。それが最悪な結末だったけど……二番目くらいに最悪な仮定が正解っぽいな。俺達の目の前の道が地球で、反対側がオークみたいな化け物がそこら辺にいる世界。地球と異世界の狭間だから俺が使えるはずもない超能力が使えているって感じだろう。もしかしたらオークが入ってきた場所から俺達が進むことも出来ないかもしれない。その時は……本当に最期だ。
「ねぇ……零、それってどういう意味……?」
「……優奈は地球に帰りたいか?」
「帰りたいよ……? ねぇ! 何でそんなことを聞くの!?」
失敗したな……優奈にそんなことを聞くのは配慮が足りなかった。家族のことが大好きだもんな。優しくて仲間思いで……申し訳ない。
「……俺がこの道を進むと言ったのが失敗だったんだ。優奈、責めるのなら零じゃなくて俺だ。全部、俺が悪かったんだ……」
悔しそうな声……違うんだ。
「それなら否定しなかった全員が悪いだろ。命があっただけ貰い物だ。それに誰がこんなことになるって想定出来た? 俺は感謝しているくらいだからな。勇気を持って生きることを選んだリーダーであるヒデを」
「……それでもだよ。決めるのが俺じゃなくて零ならこんなことにはならなかったかもしれない」
「ああ、ならなかったかもな。でも、なっていたってこともある。つまり先の見えないことを決めてくれたヒデを責められる人はいないんだ。だから優奈だって責めようとしない」
少し涙目だけど優奈は首を縦に振る。
分かっているんだ、優奈は本当に優しいからな。だから人が勝手に集まってくるし利用されることもあった。自分がやられて嫌なことを人にはしないからこそ、俺も仲良くなれたのかもしれない。
「……多分だけど反対側なら自由に進めるんだと俺は思うんだ。聞かせてくれ。ここに残って地球を恋しく思いながら死んでいくか、先の見えない世界に飛び込んで帰れるように生き残り続けるかを選んでくれ」
選ばせるには苦な質問だ。
俺は……面倒だけど生き残ることを選ぶ。帰れるかもしれないのなら生き残って、声優になるために、ドグラさんに会うために生きるんだ。アニメも歌も何もかもを見れないのは辛いことだけど、本当に死んでいたかもしれないんだ。そして俺が面倒だと思わないように……皆がいて欲しい。
「……ねぇ、零はさ、優奈が進むって言ったら喜んでくれる……?」
「優奈、だけとは言えないけど俺は皆で生き残りたいんだ。高校で友達の大切さを忘れかけていたけど皆と一緒にいて思い出したよ。やっぱり、皆といるのは楽しいからな」
俺なりに言いたいことを言わせてもらうつもりだ。高校に入ってから面倒になった人間関係も四人に対してなら面倒だとは思わない。きっと、それを超える何かが俺達の間にはあるんだと思う。こんな俺でも一緒にいたいっていう友達が確かにいるんだ。
「……もし良かったらでいい。俺と一緒に生き残る道を、帰れるかもしれない希望に縋っていて欲しいんだ。一人だと生きていけない俺を助けて欲しい。皆でいたらさっきみたいに生き残れる気がするんだよ」
恐怖に呑まれ死んでいった警官と不良。
恐怖を乗り越えて、自分達へ矛先が向いても助けようと動いてくれた優奈と陽菜。そして真っ先に動いてくれた大和。最後に俺と一緒にオークを殺すキッカケを作ってくれた秀……俺は生きたい。生きて生きて……この助けてくれた皆に恩返しをしたいんだ。希望を壊すことだけはしたくはない。せめて、紡いでいきたい。
「俺は行くよ。お前を一人にさせられないからな」
声を上げたのは秀だった。
俺の肩を軽く小突いて笑う姿は確かにイラッとくる部分もある。この笑顔で何度も面倒事を運んで来やがったからな。でも、今回は真逆だ。面倒事を運んだのは俺自身。そして秀は俺と共に行くと決めてくれたんだ。
「……二人だと心許ないだろ。最前衛がいればより戦いやすいと思うしな」
「大和……」
「水臭いんだよな。あの時だって勝手に動いてさ。迷惑をかけたくないのかもしれないけど、お前の言葉を借りるならハブられる方が面倒だ」
あの時……あー、それは本当に申し訳ないと思っている。誰にも迷惑をかけないように勝手に動いて、結局は秀と優奈、陽菜にまで迷惑をかけてしまったんだし。尻拭いには大和も動いてくれたから実質、そこからだろうな。四人と仲良くなり始めたのは。
「零が行くのなら私も行くよ」
「いいのか? 残っていれば壁がなくなる可能性だってあるんだぞ」
「零がいないのにいる必要なんてないよ。それに陽菜も行くって顔をしているのに私だけ仲間外れは嫌!」
……色々と思うことはあるけど感謝しよう。
陽菜は一番、可能性がありそうな道を選んだんだと思うし。優奈と陽菜は幼馴染だし片方がいないっていうのは両者にとって辛いものがあるんだと思う。何せ、優奈はスポーツでの特待生として、陽菜は勉学での特待生として同じ高校に通っているわけだし。
「……助けられたのに返せないのは嫌だよ」
「まぁ、そこは俺達も助けられたからどっちもどっちだな。返すのが続けば終わらないし返そうとしなくていいよ」
首を横に振られた。何でだよ……。
ともあれ、全員が反対側へ行くことを決めてくれた。これで反対側からでも出られないとかだったら面白いけど……まぁ、そんなことないよな。適当にフラグを立てながら、また大和を一番前にして奥へと進み始めた。
後書きって何を書けばいいんでしょうね。いつも悩んでしまいます。とりあえず……寒いですね。(コミュ障)
次回は十七時の予定です。