一章八話 陽キャ
「さぁ! 倒した魔物を出してください!」
「ここは……?」
通された部屋は本当に広いだけで家具とかは何もない普通の場所だ。ただ一点を除けばと付け加えることになりそうだけどな。壁に並べられているノコとかナイフとかは解体用なんだろう。本当ならばここで鑑定をするのかもしれない。何ならエルパの手には最初に見た鑑定をするアーティファクトもあるし。
「解体専用の部屋です」
「あー、やっぱり」
とりあえず謎が一つ解けたから地面に倒したワニとかゴブリンとかを並べていく。ワニは計四体だから値段が気になるところだ。ゴブリンとかはどうでもいい。当然、出した時にエルパが驚いたように目を細めていた。少しだけ俺も驚いた。もっと大きな反応をするかと思ったのにエルパがそれだけで反応を止めたのだから。もう少しオーバーなリアクションが見られるかと思ったんだけど。
不意に顔を見せてきた。変わらぬ笑顔だ。
「さすがですね!」
「ありがとうございます」
手馴れた感じでアーティファクトで価値を測りながらワニとゴブリンを持ち替えている。さすがに慣れているのか、ワニの頭を見ても特に反応するとかは無かった。小さく「綺麗な一撃」とは呟いていたけど。
「やはりゼロさんですね。ワニもイノシシ同様、倒してくれる人がいなくて価値があるんですよ。まさか狙ってやっていますか?」
「半々ですね。見つかれば良し、見つからなければゴブリンで我慢するという感じで森に行っていましたから」
「なるほど……欲が無いから幸運が舞い込んでくるということですか。若いのに聡明ですね」
欲がないと言えば嘘になるが、確かに狙ってやっているってわけでもない。そもそもの狙いは水を飲みに来たイノシシとかの野生動物だったしな。あそこはこれからも行くつもりだ。ワニがいたから野生動物がいなかった可能性もある。わざわざ死ぬ危険性の高い場所に動物は行かないだろう。
そう思うとやっぱり、俺って欲深いよな。
わざと弱い魔物じゃなくて高く売れる存在を狩って儲けようとしているし。これが欲がないって言われてしまうとエルパの中での欲深い人達はどんな人達なのか気になってしまう。少なくとも人並みには欲があって生きているつもりだし。欲がない人ほど愚かな者はいないな。欲はいわば糧だ、欲があるからこそ叶えようと必死になる。
「少なくともエルパさんよりは欲がありますよ。それは男の人だから強いのかもしれませんが」
「まさか! 下の話をしています……?」
「はぁ……なんでそうなるんですか」
本当にそう思って言っているのか?
確かに性欲とかもあるにはあるが今のところは特に困ったことも無いしな。わざわざ説明してあげたのに変な誤解をされるとは。話し方っていうものをもう少し学んだ方が良さそうだ。ただ下が出たのは俺のせいだけじゃなくてエルパの頭がピンク色なのもあるからな。何も俺だけのせいじゃない。
「出世欲とかの話ですよ。俺の知っている女性はなぜか人を蹴落としてまで上に立とうとする人はいませんでしたから」
「出世欲……あー、なるほどです」
「エッチなことを考えるのは構いませんけど、そんなことばかり言っていたらいつかは男性に襲われますよ」
エルパは黙ってしまった。
それでも受付のプロだ。手を動かしながら俺を見ないで黙々と作業をする。無視をしているわけではない。時々、「あー」とか「うー」とか声にならない言葉を出して繋ぐ何かを考えているようだしな。だから、エルパを見ながら反応を待っていた。
「その時は……守ってくれますよね?」
「……状況によりますね」
「そこは男らしく『俺が守ってやる』って言うものですよ」
いじらしく笑って顔を逸らされた。
そんなことを言えるわけが無い。守るべきものを作って俺は一度、敗れたんだ。また変な約束でもして同じ悲しみを背負うくらいならいっその事、見捨ててしまった方がいいように思えてしまう。そもそも俺に頼むのが間違っている。仮に俺のことが好きだったとしても俺は雑魚だ。他の人でも出来るようなことしか俺には出来ない。
「まぁ、私も戦いには覚えがありますからね。私を倒せる人なんて数少ないでしょう。ゼロさんは安心していて大丈夫ですよ」
「……」
逆に俺が何も返せなくなってしまう。
不思議でしかなかった。エルパにとって俺はどういう立ち位置なのか、それが分かったとしても俺はエルパが何でこんなことを言うのかが分からない。例えばここで悲しそうに言ってくれるのであれば今までのエルパから感じていた不思議な好意ではなく、実は男性として見ていて守られたかったのかと思ってしまうが、変わらぬ笑顔で返答してくるエルパを見ると大して気にしていないように思える。その時点でからかっているのかって思ってしまうが、それもまた肯定出来ない。
「守って欲しいんですか?」
「私も一人の女性ですからね。少しくらいは守られたいと思う時はありますよ。今でも白馬の王子様を夢見ることだってありますから」
失敬だと言いたげに少し怒った素振りを見せる。
ただ本気で怒っていない事のアピールなのか、素振りも両手で握り拳を作って頭の上で上下させるだけ。見た感じぶりっ子とかがやりそうなことだというのにエルパがやると嫌な気がしないのは不思議だな。それにしても白馬の王子様か。この世界でもそういう概念はあるらしい。
「俺よりも強い人は街にも世界にもたくさんいますよ。ただ俺が出来る事ならエルパさんを守ってあげます。だから、報酬は高くしてくださいね」
「……ッ」
笑って言ってあげたら目を逸らされた。
少しだけ悲しいものだな。何とかナンパとかにならないように、それでいてエルパが望みそうな言葉を並べたつもりだけどこういう返しをされてしまえば。優奈もこういう気持ちを抱いていたのだろうか。遊ぼうとか言って手を握った時に俺が振り払ったりした時だって……きっと。
「本当に素直じゃないですね」
「申し訳ないですがこれが本心です」
「……本当にいじらしいくて、憎たらしくて、それでいて……優しくしてあげたくなります。もしかして街に来る前は女の子を侍らせていたのではありませんか?」
俯きながらそう言われると本当に変な気持ちになってしまうからやめて欲しい。侍らせていた、と聞かれれば……侍らせてはいないな。高校なら一人でいることの方が多かったし、中学なら優奈と陽菜がいるくらいで他の女子との接点なんて本当に薄っぺらいものでしかない。
「それは無いです」
「無自覚とか……まぁ、それは別にいいです」
コホンと小さな咳払いをする。
どことなく頬が赤い気がするから恥ずかしいとかか。歴戦のナンパを回避してきた女性の頬を赤らめることが出来るなんて俺も少しはやるようだ。なんとなく女性の扱いが上手くなったのは確実だと思う。……それにしてもエルパはエルパで中身はただの女の子だったんだな。乙女だ、こんなことで恥ずかしがる人なんて。
アレだろうか。やはり異世界だと愛について書いた漫画とか映画とか、ドラマとかが身近にないから耐性がないんだろうな。あっても劇や小説だろうし一般市民には程遠い物だろうし。そう考えると娯楽の少ない世界に感じてしまう。本を読むのは好きだったからな。
「ワニが一匹につき金額八枚です。これは革製品を売る店ならもっと高値が付きそうですが……」
「いや、それでいいです。ツテがあるわけじゃないしアテにされてしまうのが一番面倒なので」
こういうのを狙って狩れるのなら店との繋がりを持とうとも思うが、ぶっちゃけ、そんなことをしている暇があるとは思えない。いきなりで即刻、手持ちが欲しかったに過ぎない。それで時間をかけられても面倒だしギルド行きでいいだろう。
「それにエルパの方が信用出来ますので」
「ふふ、任せてください。それならゴブリンの方は少し高くしておきますね。合計で金貨が三十四枚です。大金貨がないので少し嵩張りますが袋に入れておきます」
「助かります」
最後の一言が効いたのだろうか。
まぁ、どちらにせよ、エルパが冒険者ギルドの中で一番信用出来る相手であることに間違いはないからな。それに買い取ってくれる相手の中でもエルパが俺の不利益になることはしないと確信している。敵ならばこうやって見えるように報酬を入れたりなんてしない。根っからの良い人だ。
「あ、そう言えば」
「どうかしました?」
報酬を何に使おうか悩んでいて思い出した。
ってか、今のところはこれが一番重要な話だ。こうやって部屋を分けてくれたのはありがたいかもしれないな。常識知らずを露見させるだけかもしれないし。
「湯屋ってありますか? 最近、体を綺麗に出来ていなくて……後は着替えとかを買える場所があったら教えて欲しいです」
聞いてみたら袋に金貨を突っ込んだままエルパが固まってしまった。表情も少しずつ普通の笑顔から作り笑いに変わっていって、そして頬が少しずつ赤くなっていく。そこまで変なことを言っただろうか。
「……どうしました?」
「い、いえ! やっぱり男の人なんだなって」
「うん? なぜ?」
湯屋が男に関係するのか……?
……ああ、何となくわかった。ただの連想ゲームでしかないけど、乙女なエルパが顔を赤くしたってことはピンク系だ。それでお風呂に関しそうなものなんて思いつくことが数個しかない。
「風俗に行くつもりではないですよ」
「ふうぞく……?」
「あー、女の子と性的なことをしたいわけではないってことです。俺の地元だと体を洗える場所を湯屋って呼んでいたんで、他の場所でも同じような意味合いだと思ったんですよ」
そこまで言ってようやく誤解が解けたのか、赤くしていた顔をパーッと輝かせて、そしてまた赤くさせていた。そうだろうなぁ、自分で勝手に変な想像をして舞い上がっていたようなものだし。今のところはそういうことをしたいって願望がないからな。行くとしても彼女が出来なかった時とかだ。最悪はフウで……いや、それは見た目的にもロリコンを疑われるから絶対にないな。
「お姉さんとして恥ずかしいです」
「年上だったんですね」
「その顔で私より年上だったら童顔にも程がありますよ。私が男性になるならゼロさんみたいになりたいです」
そう言われると……恥ずかしいな。
あまり気にしたことがないけど悪い顔ではないってことか。もしくは冒険者の中での顔レベルが低い結果、俺のようなイケメンでもない人が上位に立っているのか。そこら辺はどうでもいいけど褒められたことは素直に嬉しい。
「ありがとうございます」
「……本当に女泣かせですね。お姉さん以外にやったら連れて行かれますよ?」
「素を出せる人なんて限られていますよ」
もちろん、全てが素でいられるとは言えない。
だけど、笑う時に気を遣わずにいられるのは事実だ。エルパが素で笑ってくれているように感じられるから俺も笑える。自分の過去なんて話そうとかにはならないけれど、それでも人並みにはエルパを信用出来るだろう。
「し、しょうがないですね。そこまで言われたら今日は付き合いますよ」
「へ……?」
「行きたい場所に連れて行ってあげます。その顔だとこの街について、というよりも王国の知識が少ないようですし。男性は男性でそういう系の仕事とかがあるんですよ。危なっかしくてお姉さんはゼロさんを一人にさせられません!」
「あの」
「もう、本当に可愛すぎますよ! 甘やかしたくなってしまうほどに可愛いです! ゼロさんに体を売ることは出来ませんが手助けは出来ます! さぁ、街に繰り出しましょう!」
……何を言っても無駄そうだよなぁ。
可愛いねぇ……となると、俺はエルパからしたら弟のように見られているってことか。確実とは言えないけど好意は男性というよりも弟としてだって分かれば対応は柔軟に変えられる。綺麗な女性から可愛いと言われるのは気分的にも少しだけ晴れやかにさせてくれる。
確かに変に騙される可能性も無くはない。エルパに助けてもらいながら街を知るのも楽しそうだし。金貨の入った袋を手渡してきてから俺の腕を引くエルパを見ると……まぁ、男性経験が疎いことだけは分かった。
顔は赤いし掴む力と引く力が明らかに強い。それに顔も気付いたら真っ赤だったし。これは俺なりにエスコートした方がいいよなぁ。……面倒だけれどエルパを助けることのメリットは大きそうだし頑張るとするか。……俺は俺で引っ張られるのは初めてで恥ずかしいんだけどな。
すいません、ここで投稿を一度やめさせてもらいます。九話自体は書いていたのですが少しだけ書き直しをしたい点と、作者の私情などでやめさせていただきます。次回の投稿は未定ですが遅くても二ヶ月以内に十話程度を書き溜めて投稿します。