一章七話 ワガママ同士
スラを抱えて耳元……は分からないが多分、そこら辺に耳がありそうな場所で小さく話をする。返答はプルプルと震えているので出来るって言い返しているんだろう。やりたいことは至極、簡単なことだ。陽菜にやってもらったことに挑戦してもらおうとしているだけだ。
「……川と言うよりも湖だしな。あそこら辺でやって見て欲しい」
俺が指さしたのは湖の中心ら辺、この湖の中には魚達の天敵は少ないようで何匹もの魚が飛んでいた。それに水も澄んでいて光を反射して美しい。そのせいで視力さえ悪くなければ遠くても魚影は見えてしまう。中心なら俺や魔物達のような存在が手を出せないと踏んで嘲笑っているのだろうが、その慢心に漬け込みたい。魚が高く売れれば万々歳だし何よりも頼めば調理してくれる人はいるだろう。最悪は塩さえ買えれば焼いて食えるしな。
「少し待ってくれよ……一、二……今だ!」
スラが震えた瞬間に小さな竜巻が起こる。
多くの水ではないが俺が狙っていた一番、多くて大きな魚のいる場所から水が舞いあがる。それがスラが調節していたのか、俺の近くに落ちてきてピチピチと跳ねていた。だいたいが俺の手の大きさくらいだったが一匹だけ肥えていたのがいたから、これは俺の夜飯になるだろう。ってか、今すでに食いたいくらいに美味そうだ。
次に大きそうな魚を二匹だけ掴んでどかしておいた。他の魚を先にしまってから尻尾を持ってスラの前に置く。スライムが何を食べるのかは分からないけど水辺に住んでいるのなら魚を食べてもおかしくはない。すっごく安直な考えのもとで渡してみたけど……効果は絶大だった。
俺の考えを読み取ったのか、遠慮もせずに魚へいきなり覆い被さって水色の体を濁らせている。そのせいで中の魚がどうなったのかは分からなかったが一分も経たずに、そう、少し見ていたらスラの体が元通りの色に変わっていて魚は消えていた。骨も残さないあたり美味しかったみたいだ。
「美味かったか?」
分かっていても一応、聞いてみた。
スラは少しだけ恥ずかしいのか頭の先っぽを俯かせてから震えてくる。アレだ、女性が食事の時にがっついてしまって我に返った様な、そんな感じに近いんだと思う。少なくともスラはただの魔物と呼ぶには些か人としての行動が多すぎるな。親しみやすくて俺はいいけど。
「今度はもっと美味しくしてからあげるからな」
頭を撫でながらそう言ってやる。
未だに恥ずかしいのか、俯いたままだけどそのまま頭の上に置いて湖の方を見た。本当に綺麗で泳ぎたくなってしまうな。……そう言えばと過った考えをすぐに頭を振って消した。本当に簡単なことだけど、よくよく考えてみたら俺が恥ずかしいからしたくないだけなんだが。
水っけを吸い取れるスラがいるのなら湖で体を流した後に水分を……って、考えが現れたんだがそもそも誰得なのかと言う話だ。俺は俺であられも無い姿をスラに見せて、最悪は変な同人誌みたいに弄ばれる可能性もある。スラはスラで汚い俺の汗を吸う羽目になるし……何ならスラの行動からして性別はメスっぽいしな。そういう風に考えると申し訳ない。
「……だから、しないって」
ここぞとばかりにリロード音を出してきたけどしないっての。仲間外れに近いものを感じたのかもしれないけど俺だって人だ。俺がされて嫌なことはスラとかニーナにはしたくない。もちろん、やられたらやり返すくらいはするが。
もう一回、湖を見つめてみる。
体のことは気にするな。湯屋とかがあってもおかしくはないし、お金に余裕が出来れば歓楽街で女の子を指名して、純粋に風呂にだけ入ればいいんだからな。そうなった場合は性交渉で稼いでいる女の子達は目をひんむきそうだけど。それだけ風呂には入りたい。もしくは生活魔法だけでもいいから使って欲しい。
「……あ、ワニだ」
中心の方で水しぶきが起こってワニが飛び出していた。長い口には俺が捕まえたものよりも少しだけ小さな魚がいて、明らかに俺を見ていた。水しぶきが多くなっているから仲間も水面に来ているのか。
ってか、この湖は深いんだな。ワニが見えなかったってことは結構、底が深くて分からなかったんだろうし。そう言えば足元を覗いて見ても少しだけ中心に走らせれば底が見えなくなっている。もしかしたら変な場所に繋がっていたりしてな。
それは置いておいて……俺を餌だと認識したな。
現れたのは四体のワニ、二匹だけ動物園とかでよく見る大きさだが他の二匹は子供みたいだ。どちらにせよ、俺を食おうとしているのか大口を開けて水面を泳いでいる。食われるつもりもないから素材として売るつもりだけどな。
「ニーナ、行くぞ」
近くで倒せば簡単に回収出来る。
そう思って俺の目の前まで来た瞬間にニーナで撃とうとした。まぁ、撃てなかったんだかけどね。目の前でワニの頭が飛んでしまったら誰だって驚くと思う。うん、俺も頭が今の状況を理解していない。それは俺だけじゃなくて、ワニも同じなようで湖から出た地面で固まっていた。瞬間、ようやく透明な何かがワニの頭を切っているのが見えた。ギリギリ目で追えるくらいの速さだ。俺でなければ、みたいなジョークは言えないくらいに早くて身構える。
何も起こらない。手くらいは奪われることを考慮したがダメージすらなかった。ワニも全ての首が落とされているだけで持ち去られていない。色んな可能性が頭を交差してくる。例えば面白半分で殺した説、あるいはワニに恨みのある犯行、あるいは経験値のみが目的の犯行、あるいは……そこまで来て頭の上のスラを撫でてみた。
「あ、お前が助けてくれたのか」
震えているから確定でスラの犯行だな。
一緒に湖の方から小さな透明な刃が現れて霧散している。これで切ったと言いたいのか。いや、それにしてもだ。……強すぎないか? それにワニの皮を痛めずに首チョンパで倒しきっている。なぜかスラが倒したはずなのにワニの経験値が俺にも入っているし……。何より一番、怖いのがスラのMPが少しも減少していないことだ。近くに水があるからっていうのもあるけれど魔法が使えない俺からしたら、すごいの3文字しか出てこない。
「……また俺の仲間が強いのね……」
嫌な気はしないけど少しだけ怖い。
何だってそうだが強い仲間に守られていては俺の成長は見込めないし、もしも仲間よりも強い敵が現れたら俺は何も出来ないからな。俺が死んだゴブリンとの戦いだって似たようなものだ。そして失うのが怖くなる。強さに甘えて依存してしまえばその時点で俺という個性が死んでしまう。スラがいなくなるのが怖くなってしまう。
……また考えすぎてしまう癖が出てしまったか。
スラなら簡単に死にはしないだろうし、前回と違うところは冒険者の人達と顔合わせはしてある。危ない時に助けてもらうことぐらいならしてもらえるだろう。全部を考えないようにするのは不可能でも安心出来る要素はあるはずだ。
ワニを回収してすぐに帰路へと着いた。
早く売って必需品を揃えよう。スラが強いのは何も悪いことだけではない。俺の負担が減るって考えればいいことづくめでしかないからな。逆にあんなことを考えてしまう人の方が少ないだろうけど。
街は変わらずに都市と田舎の間くらいの賑わいだった。出店は並んでいて人通りは少し多めに感じられる。アップと軽く話をしてからワニの頭を見せると苦笑されてしまった。どうやらワニはワニで珍しいみたいだ。
冒険者ギルドに入るとエルパの列が少し混んでいた。隣とかは空いていたけど他の人と話をするのも難しいし、話しやすい人の方がよくてそのまま最後尾に並んでみる。ズミ達は……いないみたいだ。まだ明るいから依頼でもこなしているのかもしれないな。まだ昼過ぎだし。
「ねぇ、今日くらいは遊んでくれてもいいじゃないか。こいつを倒してきたんだぜ?」
「はいはい、そういうことを色んな女性に話しているんですよね。変なことを言って惑わすのはやめてください」
遠目で見ていたけどエルパがナンパされていた。
俺が見ていたのを見て笑ってきたのは……なんかすごく複雑なんだが。絶対にナンパしていた男が勘違いするだろ。……って、ナンパ男が倒した魔物ってゴブリンリーダーかよ。それでよくナンパの材料に出来たな。
ぼーっと眺めながら順番を待っていたけど、いまさらながらに感じたことがあった。めちゃくちゃエルパって男性人気がある。いや、確かに綺麗なことには綺麗なんだがそこまで人気が出るものなのかって驚いてしまう。報告している冒険者の大概がナンパしているし。その度に慣れているのか軽くあしらっているけど。
「次の方、ゼロさん」
「あー、お願いします」
軽く頭を下げておく。
俺はナンパをするつもりもないし早めに終わらせてもらおう。多分だけど他の冒険者達はナンパ目的でエルパの列を並んでいるんだろうし。その人達の恋路を邪魔してはいけないよな。冒険者の中に女性が少ないから男子校みたいなノリで、身近にいる一番に綺麗なエルパを狙っているんだろうしな。
「あ、ロットさん。私、この人の素材の鑑定をしなきゃいけないので後の人達は頼みます」
「は?」
『は?』
見事なくらいに俺と他の冒険者達の声がハモる。
ロットと呼ばれた男はハァとため息をついてから自分の前の受付を開けているし。何ならエルパはエルパで自身の受付に看板を出しているからな。本気で俺の素材の鑑定をするみたいだ。もしくは俺に配慮してか……? 俺が普通のやり方で素材を運んでいないと分かっていたからこんな回りくどいやり方をした可能性も……なさそうだな。そこまで気が回っているようには見えない。
「はぁ……後ろの人達が並んでいるのにそれは無いんじゃないですか?」
「少しくらい休む時間があってもいいと思うんですよ。それに将来有望な人に顔を覚えてもらえれば私にも箔がつきますから」
分からなくはないが……それは遠回しに後ろの冒険者達が俺よりも将来性のない人達だと言っているのと変わらない気がするんだが。苦笑しか出来ないな。それに俺が将来有望に見えているのなら幻想だ。早く夢から覚まさせないといけない。何よりも……この視線が面倒くさい……。
「……あのロットさん、助けてください」
「エルパが言い出したら曲げないからな。もう諦めてくれ」
ため息混じりに言われてしまった。
一緒に働いている人ならなおさら分かるんだろ。俺でも分かるんだから。あー、面倒くさい。こんな面倒くさいことを放り出してしまいたいと思っているんだが……いかんせん、エルパを連れ出して時間をもらえるのは悪い話ばかりじゃないのは事実なんだよな。
出来ればロットさんと呼ばれた男の人のように時間のありそうな人に頼みたかったんだが、それもこの状況では確実に無理だ。俺を睨みながら列の人が違う受付に並び始めている。ここまで来てエルパを拒絶って言うのは無理がある。仕方ないと諦めるしかないよな……。
ニコニコしながら手を取って少し広めの部屋に連れていかれる。まぁ、悪意は感じられないし純粋に俺と話しとかしたかったんだろう。それでもここまでニコニコする理由が分からないけどな。だって好意とかは何となく目線で分かるけどエルパの俺を見る目はそういう系統じゃない。確実にエルパは俺を好きなんだと思う。ただそれは異性としてでは確実にない。見た目の年齢からして弟とかでもないだろうし。
次回は二十八日に投稿します。