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序章二話 異変

「お前ら……何でそんなに化け物なんだよ」

「いや、普通だろ。ボカロ曲みたいな人が出せないような音程ではないし、何よりも音程の流れが割と単調な曲ばかりだしな」

「同感だね、俺の場合は零のような高音が出せないからキーを下げたりしているだけだし。点数で比べるのなら零の方がすごい」


 いつもこうだな。なぜか秀は俺を立てようとしてくるんだよ。俺の場合は普段から曲を聴いて歌ってを繰り返しているのを、毎日二時間はやっているからな。秀がここまでアニソンとか歌い慣れていない曲で点数を取れていること自体がすごい。


「秀が言うと嫌味にしか聞こえないな。優奈を見てみろよ。七割を切っているんだぜ?」

「う、うるさいよ!」


 結局のところ俺は追加で二曲だけ歌った。

 片方は優奈にせがまれてデュエットを、もう片方は普通のアニソンだ。というか、ただ練習している曲だったから九割を切りそうな点数だったけどな。優奈単体の歌は六割後半と……かなり可哀想な結果になっている。


「……俺にも若干くるからやめてくれ」

「言うて大和は八割の後半だ。呼吸の場所が悪いだけで息が続けばもっと点数が取れるよ。陽菜は点数は高いけど機械みたいな歌い方だし」

「点数さえ取れればいいからね」


 まぁ、人それぞれの歌い方でいいから構わないけども。俺は俺なりに歌えたからそれでいいし悪いことは何もない。ただ陽菜は声が良いだけに歌い方一つで残念な気持ちにさせられてしまう。


「……空手の呼吸みたいに息を吸えばいいのか」

「知らないけど……歌ってみれば?」

「そう、だな……」


 何かを見いだせたのか、俺に聞いてきた。

 なるほど、運動する人ならではの呼吸があるのかもしれない。ただ運動をしない俺からすれば、例えば長距離の時の呼吸みたいなやり方で歌は歌えないわな。だから、少しだけ楽しみではあるけども。


 どうせ、大したことはないだろうと高を括りながら大和をボーッと眺めながら、歌を聴くことに集中した。声が聞こえた、一瞬だけ目を閉じた。それだけのはずなのに……驚く程に歌が上手くなっていた。


 今までで呼吸をするベストなポイントを見過ごしていた大和、それがいきなり呼吸の回数は少し増えただけなのに一回一回がかなり深い。聞いていて気持ちがいいほどの大きな声で、喉からではなく腹から声を出しているような、それでいて美しい中音域……何も言えなかった。


「……お、九割だ」

「すごいな……点数の伸びは小さかったけど歌本来の上手さは確実に変わったよ」


 さながら天才か……。

 俺からしたら小さなアドバイスのつもりなのに、それだけで自分なりの正解を見出すなんて。色んな経験をしてみるものなんだな。今でこそ、辞めた空手だろうに体が覚えていたのだろう。何が重要で、何があまり重要じゃないのか。


「おい、痛てぇぞ」

「腹立ったから」


 一発だけ腹を殴ってやった。

 軽く殴っただけだけど筋肉のせいで固い。ってか、殴られた大和へのダメージは薄くて俺の手へのダメージが大きいって、一体全体どうなっているんだよ。もう一回殴ってやろうと思ったのに辞めざるを得ないじゃねぇか。


「これならまた零とカラオケに来れそうだな」

「……二人でならいいぞ。もしくは今のメンバーの誰かと一緒なら」

「本当に高校のヤツらと関わろうとしないよな」


 妥協点はそこだけだ。呆れたように返してくる大和の笑顔が腹立つけど、まぁ、上手い人とカラオケに行く分には悪いことがない。俺も上手くなるキッカケを掴めるからね。ましてや、数少ない友達と思える大和が相手だ。


「面倒じゃなければいいんだよ。それに今日は思いのほか楽しかったからな。悪くないって思えてしまったんだ」

「ツンデレかなぁ、ヤマ×レイ……いや、レイ×ヤマでもいいかもぉ!」

「そこはレイ×ユウだよ!」


 受けは自分だと認めるのか。

 確かに優奈を虐めるのは楽しいな。一緒にいるのは悪いとは思えないけど疲れそうだし……面倒ではないと思えるのは不思議だ。というか、このメンバーが相手なら誰でも面倒だとは思えない。疲れも心地よく感じられてしまう。


「どっちでもいいけどさ、また今度こよう」

「珍しいな、零なら面倒だからもう二度とやらないって言いそうだったのに」

「面倒だと思えなければ来るんだよ」


 会計の札を秀に投げ付けて笑ってやる。

 対して秀はため息をついてから先に下に降り始めた。やっぱり、奢ってもらうっていいな。アイツの場合は金持ちだから恨みの一つも言わないだろうし。代わりに今度は何か奢ってやろう。久しぶりにタッグを組むのもいいな。


 表に出る、まだ明るくて帰るにしては早すぎるように感じられた。それを察したのか、俺の顔色を伺いながら優奈が皆の前に立つ。


「これからプリクラ撮りに行かない?」

「あー、ゲーセンのか」

「そそ、零が良いって言えば皆、賛成すると思うんだよね!」


 何だそれって思ったけど大和と秀は強く頭を縦に振ってアピールしてきた。陽菜は若干と眠そうに欠伸をしているけど、帰りたそうにはしていない。俺が見ていたのに気が付いて小首を傾げて笑っている。


「……俺はいいよ。久しぶりに悪くないかもな」

「おー、誘ってみるものだね! それじゃあ、私と零が前で他三人が後ろ」

「優奈の欲望を発散させるために行くわけじゃないと思うけどな。まぁ、珍しく零が行くって言ったんだから行こうぜ」


 そう言いながら秀が指さしたのは路地裏だ。

 違う地方に行ったのに近道は覚えているんだな。大和を小突いて先に進ませて俺は秀と一緒に歩き出す。その後ろを追いかける感じで陽菜と優奈が付いてきている……かな。後ろは確認していないけど話し声はしているし。


「止まれ……」


 先導している大和が手で制してきた。

 俺も話すのをやめて前を見る。外の明るさとは打って変わったような暗さ。その中を何かが蠢いている。人には見えない、百八十ある大和よりも数十センチ大きな……それでいて手には……。


「戻ろう」


 大和がそう言って頷いた時だった。

 ガゴンと後ろから大きな物音が聞こえてくる。パッと後ろを向くと優奈が怯えて端にあるゴミバケツに足をぶつけてしまったみたいだ。すぐに前へ向き直すと大和が走っていた。


「時間を稼ぐ!」


 大きな豚の化け物に臆せずに向かう大和。

 すぐに手で戻るように二人へ合図しながら秀の顔を見る。小さく頷いた、それだけで俺には分かる。少しの間とは言え俺の相方を務められたヒデが首を縦に振ったんだ。優奈はスカートだから少しだけ逃げづらいだろうけど運動神経はいい。逃げ切ってくれると信じよう。


 サッとスライディングして豚の背後へ回る。申し訳ないが俺の腕力なんて高が知れているからな。何か武器でもあればいい。そう思って奥へ進んだが……悪くは無いな。


「ヒデ! これを使え!」


 頭をかち割られている不良と守るように死んでいた警官、その腰と手にあった武器を使わせてもらおう。面倒だけど死にたくはないのでね。ヒデに投げたのは警棒とバタフライナイフだ。非力な俺よりはアイツが使った方がいい。


 対して俺が持っているのは景観の持っていた拳銃だけ。換えの玉があるけど詰め替え方が分からないから中に入っている玉だけで戦う必要があるかな。一応、装弾数は開いて見れたので確認済みだ。四発で心許ないが……考えるだけ無駄だ。先に逃がすために殿を務めるだけなんだから。


「とりあえず喰らえよ!」


 反動は少ない、とはいえ、慣れていない俺からすれば決して小さなものとは言えないけど。思ったよりも弱いのが不幸中の幸いだ。拳銃の種類は分からないけど日本人にあった拳銃なんだと思う。すぐに構え直す。


「こっちを向けよ!」


 銃弾が当たり肩から出血をした豚が俺の方を見たが、大和が後ろの頭を思いっ切りぶん殴ったのでよろめいている。そのお陰で俺へのヘイトが大和へ向いてくれたようだ。


「狭いな!」


 そう言いながら少し空いた空間から豚の足を切りながら俺の前に来る秀。俺に前衛は出来ないと判断しての行動だろうけど間違っていないな。多分だけど豚に殴られるだけで俺は戦闘不能だ。それだけ運動していなかったせいで筋肉がないと思う。あったとしても期待は出来ない。


 気持ち悪い笑み……豚の化け物……もしもコイツが俺の知っている存在ならばこういう名前だろう。


「オーク……」

「ブルゥアアア!」


 俺の呟きと共に突進した方向は大和ではなく秀にだった。俺は壁際に飛んで、対して突進の目標である秀は難なくナイフをオークの肩に刺して、勢いに任せて切り裂きながら大和の前に立っていた。本当にすごい運動神経だ。それもナイフを刺した場所は俺が撃って傷を付けた場所。一瞬で本当によくやるよ。


「後、残り三発だ」

「分かっている!」

「任せたからな!」


 オークの攻撃を身を翻しながら躱す二人。

 二人とも分かっているんだ。もしも倒すとするのならば二人の攻撃は致命傷にならないって。そして俺に頼っている。もしも拳銃を秀に渡していたのなら俺のように外しはしなかっただろうか。いや、その時点で俺は自衛手段もなくやられていただろう。


 面倒臭いけど……やるしかない。


「運が良く狭い! 二人の後ろに回れるように隙間を作ってくれ!」

『オーケー!』


 二人の声が重なったと思った瞬間に大和が秀を持ち上げて上へと飛ばす。警棒で強くひっぱ叩いたかと思うとクルリと回転をしてからナイフを片目に突き刺していた。当然のごとく片目を押さえようとオークの手が動いた瞬間に、着地した秀が丸くなる。その背中を蹴ってオークを横へと吹き飛ばしていた。


 左への大きな隙間、そこをスライディングしながら一発だけ撃ち込む。撃ったのは起き上がるのにラグを生じさせるため。俺が来たことを察して動かれたら元も子もないからな。それでも上手く首元を貫いたみたいだ。太かろうと銃弾は防ぎきれない、それが分かれば悪い結果ではないな。


 ともあれ、後ろに下がれたのならば情報を整理しよう。もう女子二人は逃げきれているはずだから動けなくさせるだけでもいい……腹は撃てないよな。さすがに肉が多くて二人の攻撃も効いている素振りはなかった。となると、頭や足、回復力が早いのならば肩への傷は癒えているはずだから人並みでしかないしな。……それなら!


「俺から気を逸らさせてくれ!」

「頑張る……ッ……」


 無理は承知だ。さっきの一撃は安全策を取るためとは言え、俺へのヘイトを高めすぎた。もっと考えて動くべきだったな。こっちまで来たのはミスだったかもしれない。……でも、あそこでこっち側に来なければ逃げの一手は生まれない。誰かが犠牲になる可能性を考えれば三人で逃げる方が得策だと思った!


 一瞬でいい! 気を引く何かがあれば二人が上手く動けるんだ! そうすれば俺は頭を狙いやすくなるのに……! どうする!? 長考している間に二人は頑張って攻撃をいなし続けてくれている! けど、タイムリミットは長くはないはず……。


「やるしか……ないか」


 そう思って前衛に回ろうと思った瞬間にオークの顔に何かがぶつかる。ゴミバケツの蓋だと気付いた時に見えたオークの顔は酷く気持ちが悪かった。その目に映ったのは確実に逃げられなかった可愛い女子二人……怯えているかもしれない。それでも気が二人に集中してくれた!


「らぁ!」


 横の壁を蹴って頭をロックする大和、そしてそれを好機とした秀がニヤリと笑って目元に一閃のナイフでの一切りを加えてデコに突き刺した。二人の視線が俺へと向く。喜ぶべきことか、オークは目の痛みでデコのナイフには集中していない。


「行けェ!」

「ああ!」


 一発、撃ち込む。

 頭は動かない。大和が動かないようにしてくれているのだから。大丈夫、アイツへ当たらないようにナイフでマーカーを付けてくれたんだ。信じるんだ、俺を、皆が任せてくれた俺を!


「ヒデ!」

「おう!」


 秀の手に右足を置いて大きく飛ぶ。

 気持ち悪い顔は目前だ。ヨダレと血が撒き散る中で進みきっていないナイフへ銃口を当てる。当たっても角度が悪かったようだ。それでも最大のチャンスを作ってくれた。撃ち込むと同時に固い金属音のようなものが聞こえる。


 バランスが取れなくなり崩れていくオーク、そして先に飛んで笑っている大和。「やったな」と俺の肩を叩いてくれた二人の声でようやく頭が理解した。俺は、俺達は化け物を殺したのだと。

次回は明日の八時の予定です。


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