一章一話 トゥービーコンティニュー
何かがそよめぐ音、綺麗な歯が擦れるような音が耳を刺激してくる。とても眠たい……なのに頭が俺を寝かせようとはしてくれない。感覚は……ある……。咄嗟に体を無理やり動かしてしまう。痛みはない、負っていたはずの致命傷もどこにも見えやしない。夢……ではないよな。俺は確かに一度、死んだはずだ。
これは……転生か……?
もしも夢が嘘だというのなら俺が日本にいないことの方がおかしい。それとも見えている世界が実は日本で……そんな甘い考えはさすがに出来ないか。明らかに野鳥の声が聞こえてくるとか日本らしさは微塵もないしな。異世界の森ならではかもしれないがゴブリンのような気色悪い鳴き声は時折、聞こえてくるくらいだ。命をもらって喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかよく分からない……。
「……ステータス」
と、さすがに出てくるか。
これがあるって時点で夢でもなければ日本でもない。ここは確かに俺が一度、死んだことのある世界のどこかだ。もしくは皆と飛ばされた場所の近くの可能性もある。……進んでみれば皆の情報が得られるか……? いや……甘く考えすぎてはいけない。もし違っていた時の精神的ダメージが計り知れないからな。夢を見るなと何度も理解したはずだろ。嫌な現実から目を背けるように出現させたステータスに目を向けた。
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名前 (セットしてください)
職業 無職
年齢 15歳
レベル 1
HP 35/35
MP 85/85
物攻 G
物防 G
魔攻 G
魔防 G
速度 G
幸運 G
固有スキル
アプリケーション(ガチャ)
スキル
銃術C
魔法
火G
装備
ニューナンブM60(アーティファクト)
形状 二丁拳銃(銃弾 火炎式散弾)
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「……名前が無いな」
いや、それよりもだ。
固有スキルのハテナが消えている。そうか、俺の能力はアプリケーションというものだったのか。少し大根役者みたいなことを思ってしまって恥ずかしくなる。アニメとかでこんなセリフを言う人を見て「うわぁ、説明くせぇなコイツ」とか思っていたけどさ、実際そんな状況になればそう思うって。
まぁ、それは置いておいても……名前からして一個の能力だけではなさそうだよな。魔眼みたいに括弧内でわざわざ書かれているってことはガチャ以外の何かもあるってことだろう。起動のさせ方もよく分からないが……悪くは無いな。
「アプリケーション……って、陽菜が見えていた世界はこんな感じか」
確かにアプリケーションを通してステータスを開けば次に必要な経験値、そしてステータスの数値も見ることが出来た。俺は一度、死んだことによって全てがリセットされているらしい。数値も全て十の状態だから雑魚に逆戻りだな。とはいえ、ニーナの説明にもある通り二丁拳銃と散弾は引き継がれたままだ。ましてや、なぜか銃術がCまで上がっている。これはニーナとの仲が深まったおかげか……?
現れるステータスの中からガチャと書かれた場所を開く。……上にポイント消費が書かれていて下はログインガチャとなっている。まぁ、上の方は初回十連ガチャが可能って書かれているわけだから……回すが吉だよな。保証とかの話は書かれていないけど何も無いよりはマシだ。
ええっと……レアリティとかは特に書かれていなかったけど並べるとこんな感じだ。まずは少しだけ不思議な部分、というか、これが一番にハズレ枠なんだと思う奴な。それが経験値だった。まぁ、経験値の量はバラバラだからそこは当たりハズレって感じかな。合計で五千ちょっと、悪いけど多いのか少ないのか全然、分からねぇ。
二番目にハズレだと思うのが武器進化石。これは二個当たったから別段と珍しいものでは無いのかもしれないってだけだ。六枠が経験値だったことから考えたら……割とレア度は高そうだけど。ちなみに出してみたらニーナが欲しがったようにリロードをしたから後で渡してみるつもりだ。他に使う相手もいないしな。
残りの二枠、多分だけど一番の当たり枠だと思う二つな。片方は従魔っていう存在でスライムだった。そう言えばアールピージーの定番だと言うのに見たことは無かったな。とりあえず出すのは後回しにさせてもらう。もう片方はスキルで「魔法の心得」ってものだった。タップすると調べられるんだけど魔法の適性を上げてくれるみたい。
まぁ、そのせいで見たくないものも見てしまったわけだけどな。俺の魔法適性は炎系統を除いてGだった。これもSからGの間だから使える使えないの問題じゃないよな。炎系統だけはAだったものがSになってくれたので心強い。見た感じ全ての適性を一段階上げてくれるようだから水魔法を使えるようになるのは素直に嬉しい。飲水はこれで解決だろう。
もっと欲張るのならマップ系統の何かが欲しかったけど……それはおいおい手に入れよう。ポイントって概念があるのなら何かをすれば得られるってことだろ。まずは経験値を使ってレベル上げだな。一応、全部がストレージって呼ばれる場所に置かれているからそこで経験値の部分をタップして使う。これで一つ分かった、レベルが上がるとポイントが貰えるわ。……でも、渋すぎる。全部使ってレベルが三十五になったのにポイントも三十四しか貰えていない。
ええっと……単発で千、十連で一万だと……つまりはレベルが……考えたくもねぇ。面倒くさすぎるだろ。こんな運営のゲームとか絶対にしたくねぇわ。重課金者を重宝するだけの過疎ゲーだろ。こんなことをしていたら。まぁ、レベル上げだけでポイントがもらえるわけではないだろう。さすがに、確証はない。
次にスライムだ。これはタップするだけだな。
……名前を付けてください。名付けのセンスのなさで有名な俺に名前をつけろと。ライムとか、いや、女の子っぽくないし。どちらかと言うとスライムって女の敵のようなイメージが……それは陽菜の読む薄い本の影響を受けすぎているか。それにシンプルな方が呼びやすいよな。
あー、面倒だしスラでいいかな。スラさん、それなら呼びやすいし俺的には好みだ。そのまんまと言うのなら言わせておこう。長い名前よりは全然と良いだろう。それともピカソから取ってパブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・スライムとかにしようか。呼ぶの面倒だしスラさんでいいや。
タップしてスラと入れておく。
デフォルメ化されているスライム……で、俺の目の前に現れた。少しだけ怖かった。なんかドロドロの可愛い感じのスライムじゃなかったらどうしようかなって。これなら可愛いしなおさらライムでも良かった気がするけど……遅過ぎたか。
「まぁ、よろしく」
プルンとスラさんが脈打つ。
うん、可愛いな。抱きしめてみたい。絶対に冷たくて気持ちいいだろ。このフォルムからして最初に仲間になるには十分な存在だ。俺のパーティの癒し枠だな。とりあえずスラさんを抱きかかえてみる。勝手に頭の上に登ってきたからそこが好みの場所みたいだ。
アプリケーションからスラさんのステータスは見れそうだな。えっと、割とパソコンとかは他の人よりも苦手だったから出来るかどうか分からないから全部、勘でやる。何となくで出てきたから多分これだと思うな。
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名前 スラ
職業 無名の従魔
年齢 0
レベル 1
HP 50/50
MP 500/500
物攻 G
物防 D
魔攻 C
魔防 D
速度 C
幸運 E
固有スキル
吸収 放出
スキル
水魔法D
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おう、まさかの水問題解決とな……。
運が良すぎて逆に引いてしまう。それに何だ、この圧倒的強者感のステータス。勇者だった秀とどっこいどっこいなんじゃないか。それにMPが明らかに高過ぎる。水魔法のレベルと言い物理攻撃よりは魔法で戦うタイプの存在か。もしかしてこの世界のスライムってこれだけ強いスペックの存在なのか? それなら当たりも当たり大当たりってとこだろうけど。
あー、でも、職業のところが無名の従魔ってなっているし俺の名前を早く入れておかないと。このままだと誰かに殺されてしまいそうだ。野良の魔物だとか言われて殺される可能性は少なからずある。アプリケーションからステータスを開いて名前をタップ……やっぱり、これなら名前を入れられるみたいだな。
菅野零と入れて読みをスガノレイにする。
あれ……出来ないな。同じ世界に同じ情報を持つ存在がいるため出来ません。エラーか、元の俺のデータがあって同じ名前に出来ないとかそんな感じだろうな。……詳しくは分からないけど。それなら漢字はそのままで読みはスガノゼロにでもしておこうか。これなら……通るか。
こんなところで改名をすることになるとは……まぁ、レイもゼロもカッコイイから悪くは無い。厨二心をくすぐられるからこれはこれでいいと思おう。ってか、俺がつけたんだし俺が文句を言ってどうするんだよ……。
そういや俺の固有スキルって俺のステータスに関わるものではなかったな。レベルと同様に等しくステータスが一ずつ上がるのは体質だったのか。それなら余計に才能のない器用貧乏でしかないんだが……嬉しくねぇ。
悲しみにふけていた時に物音が聞こえた気がした。
すぐにニーナを構えてその方向を見る。何だ、ただのゴブリンだ。それなら狩ろう、強くてニューゲームとまではいかないが戦えなくはない。前の俺よりはかなり強いと思うしな。それに頭の上にいるスラ。これはかなり万全だと思う。戦ってみよう、倒し方は純粋なるニーナの一撃だ。散弾は使わない。
「……って、殺したんかい……」
プルっと上の何かが震えた気がする。
水で出来た一本の光線がゴブリンの頭を貫いて殺していた。俺じゃないってことは誰か簡単に分かるだろう。……おいおい、これはまた俺は雑魚で仲間が強いっていう状態じゃないか。俺はどこまで寄生虫なんだかな。いや、この豪運も含めて俺の強さか。
「スラ、頼りにさせてもらうよ」
そう言ってゴブリンに触れた。
それだけでゴブリンが消えたから焦ったけど、よくよく調べたらストレージの中に入っている。これは確かに固有スキル、もといチートスキルだよな。……これが前の世界からあったなら後悔もしなかったんだろう。……ソヨメ……いや、後悔をするな。この世界でまた仲間を作った時に同じ失敗をしなければいいんだ。
生きよう、強く生きよう。
俺は寄生虫じゃない、ただの雑魚だ。
それでいて誰にも負けない英雄になる。
小さくスラが震える。ああ、そうだよな。その世界で一人でいようとなんてしないさ。俺は弱い、自覚しているからこそ群れる。ソヨメに笑われないようにやらないといけないからな。どこで見てくれているのかは分からない。だけど、また会えた時に誇らしいと思って貰えるように、また英雄だと言って貰えるようにしないと。
それが無能なりの本当の覚悟だ。
非凡だと思っているレイがどのような生活を行うか、どのようにして自分なりの英雄へと変わっていくのか。そして過去にどのようなことがあったのかを楽しみにしてもらえると嬉しいです。ちなみに章タイトルに深い意味はありません。
次回は十六日に出します。