序章十六話 躍動
「零、時間だよ」
「ん……ありがと」
起こしてくれたのは大和ではなく陽菜だった。
軽く揺すって俺が起きた後のホッとした顔が陽菜には珍しくて少しビックリする。こんな顔をするようなイメージがないからな。俺よりも冷静なイメージの方が大きかったし。そこまで俺が起きることに不安感を抱いていたのかもしれない。
「……もし良かったらさ、陽菜可愛いよって言ってくれない?」
「んあ……?」
陽菜可愛いよ、か。俺が寝ぼけているかるか。
どうしてなのかは分からないけど起こしてくれたわけだし別にいいか。えっと、さすがに寝起きで声作りは出来ないな。一度、軽い咳払いをして陽菜の頭に手を置く。
「陽菜、可愛いよ」
「……やっぱり寝起きの声が推しの声に似ているんだよね。役得だよ」
あー、そういうことなのか。
それなら俺も分からなくはないな。ドグラさんは男だけど同性の俺でも良い声だと思うし。というか、ドグラさんに「零、カッコイイな」って言われた日には心と体が分裂して変なことになりそうな気がする。ドグラさんに関しては声真似を許さない勢ってくらいに好きだしな。陽菜もそういう気質があるし同感出来るわ。
「喜んでくれたのなら良かった」
「ソヨメさんなら先に外に出ているから一緒に出よう。大和が入ってきてすぐに起きていたから待っているんだと思うよ」
「了解、行こうか」
ソヨメは感覚が鋭いのかもしれないな。
大和を未だに信用していないのかもしれないし、もしくは誰かの足音ってだけで目が覚めてしまうほどに鋭くなってしまっているのか。どちらにせよ、俺もそんな感覚の鋭さが欲しい。
優奈を起こさないように体を起こして外へ出る。昨日の夜と変わらず良い天気で日差しも強い。眩しすぎて嬉しくないな。朝っぱらで涼しい時間帯でこれならば昼間はどれほど暑いのか。
「あ、おはようございます」
「うん、おはよう」
火を起こしていた木々の近くでソヨメは座っていた。目を閉じて何かを考えているのを見るのもまた良いかなって思ったけど、俺の方がバレるとはな。割と気配を消すことに関しては自信があったんだが。
「早起きだな」
「あの頃は農業で何かをしなければ生きてもいけませんでしたから。このくらいの早さならいつものことです。それにお仲間が入ってきたので目が覚めてしまいましたし」
あまり聞かない方がいい話だったか。
こういう人の地雷ってどこなのか分からない。別に嫌な顔はしていないけど話すのは苦しいだろうな。思い出すのもソヨメの過去のトラウマを抉るだけだ。安易に聞くのだけは気をつけておかなければ……。
隣に座って軽く頭を撫でてあげる。
それだけですごく気持ち良さそうな顔をしてくれるからやりがいがあるってもんだ。もっと撫でてやりたいって願望に襲われてしまうな。やりすぎたところで限度がなくなるだけだから一度やったらやめるんだけど。
「あー、陽菜……水って貰えるか」
「ほれ」
「あざす」
小さなコップに一杯の水。
それを一気に飲み込んで朝の喉の乾きを癒す。乾いたせいはそれだけでは無いんだけどな。異世界に来てから陽菜の水ばっかり飲んでいるけど、やっぱり日本にいた時よりも美味いよな。これも陽菜の固有スキルとかのせいなのか。関係がなくても俺が一人で生きるためにも水魔法は必要な気がしてくる。
とはいえ、今は陽菜がいるから覚える必要は無いよな。街についてからゆっくりとやり方を学んでいこう。火魔法も小さな火を起こすだけで大きなものは出せないし。ただ適正とか言う概念があるのなら水魔法も覚えられるか分からない。その時は他の仲間任せになるか。
「すいません、私も欲しいです」
「いいよ、遠慮しないでね」
ソヨメにコップを奪われて陽菜に渡された。
別に俺が使ったコップじゃなくても良くないかと思ったが、そこも計算済みでソヨメが奪った可能性もあるしな。美味しそうに、それでいて嬉しそうに水を頬張っているのは見ていて可愛らしい。抱きしめたくなる。
「ヒナ様の水は美味しいですね」
「陽菜でいいよ。様とか付けられるほど私は偉くはないし」
「分かりました」
ソヨメはメイドみたいな話し方だな。
陽菜に様付けとか付けるやつなんていなかった。だってさ、日本なんて簡単に差別を容認する国だったんだ。陽菜だって弄りという名の攻撃を受けていた本人だった。別に腐女子に自信が無いとかではなく、それでどういう本を読むのか多数の前で言わされるとか俺でも無理。それを嫌な顔をせずに我慢する生活だったんだしソヨメの様付けとか慣れないよな。俺だけ最初っから呼び捨てだったけど。
陽菜の戸惑う顔も珍しくてちょっとドキッとする。その時にソヨメが少しムッとした顔をするのもまた良い。嫉妬するソヨメも本当に可愛いものだな。そして腕を絡めてくるのもまたいい。朝っぱらからこの感触を味わうのも悪くないな。
「そういえばレイとヒナはどういう関係だったのですか?」
「あー、俺と陽菜の関係か。……普通に趣味が共通したからかな」
ちょっと声色が違うのは勘ぐっているのか何かなんだろうな。声に関しては一般の人よりも得意だから少しの違いでも何となく分かる。演じる時もそれを意識して演じなければいけないわけだし。そういう時こそ国語力が試されるけどな。言葉での表現方法に沿って演技をすると割と評価がいいから。
それもあってか国語に関しては平均的に偏差値が六割を超えている。いい時はもっとだ。だけど国語が出来るってことが語彙力のあるってことではない。よく勘違いされるけど漢字の組み合わせで何となく意味が分かったりとかもあるからな。それに間違って言葉を使っている時も多々あるし。
って、これじゃソヨメへの回答にならないな。
「まぁ、おいおい話すつもりなんだけど一風変わった趣味を俺も陽菜もあったんだ。陽菜もそれで善意のイジメを受けていた。その時に同じ団体にいた俺と話をするようになったってくらいだ」
「へぇ……気になりますが楽しみにさせてていただきます」
「うん、街に行ったら話すよ」
ニッコリと良い笑顔を見せてくる。
話すと言ってもただ部活で二人っきりになる機会があって、それで話をするうちに腐女子っていう自信であってコンプレックスにもなりかけていたことを陽菜が受け止められたってだけなんだけどな。俺が何かをってよりは俺が陽菜の趣味を理解出来たから陽菜が立ち直れた、つまり陽菜の努力のおかげだと思っている。
ただこうやって先延ばしにすることは悪いことだとは思わない。むしろソヨメの気を引けているようで嬉しい限りだ。街に着いたらいっぱい話してやらないとな。俺の過去も何もかもを……恥ずかしいから全部は語れないが少しだけ。その時にソヨメがどうしてくれるか楽しみだ。
「そういえばあの後から卓球ってやっているの」
「……面倒だからやっていない」
俺は中学の時は卓球部だった。というよりも大和以外が同じ部活だった。優奈と陽菜はマネージャーだったけどな。最初は優奈もやっていたけど才能がないからってシフトしていた。おかしいよなぁ、初心者大歓迎って書いてあるのにいくらかやっていた人ばっかりだったんだぜ。高校なら尚更レベルが上がる。ましてや、俺は途中でやめたからやる気も起きない。
「でもさ、もったいないよね。ヒデとダブルスを組んでいた時は県大会まで行っていたのに」
「分かるだろ、俺は面倒なことが嫌いなの」
才能がなかったとは言わない。
それでもそれ以外の色々なことが俺のやる気を削いだんだ。ましてや、進んだら分かる。努力や才能で埋まることの無い差ってものが確かにそこにはあるんだ。どんなやり方をしてでも勝利を掴めだなんて……さすがに俺には出来ない。
「……まぁ、あんなことがあればやる気もなくなるよね」
「それに他のことを言うのなら優奈の方がおかしいだろ。何でバスケの経験が無いのに高体連で良い結果を残しているんだ?」
そう、アイツは高校に入ってからバスケをしていた。それもスポーツ高校、もとい私立の頭の悪い高校に推薦が来て行ったんだ。バスケ部の練習試合に人数不足で手助けに入ったら目に止まったみたいで。そのままなぜか一年で時期キャプテン候補って言われているし。
卓球に関してはめちゃくちゃ弱かった。
適当に打ち返していれば落としてくれるってくらいに弱いからマネージャーになるのも分かる。だけど、あのルックスならサッカーとかのマネージャーになれば良かったような気がするな。ましてや、俺がやめた後に優奈達も、秀すら卓球をやめていたし。大和は違う部活だったからやめてはいないけどな。
部活からの腐れ縁か……。
「俺も才能が欲しかったよ」
「零は才能があるよ。色んな才能がありすぎて私からしたら羨ましいくらいだから」
「そうですね、レイを好きになってから時間はあまり経っていませんが一つだけ分かります。私はレイ以上の将来有望な男性はいないです。他の女性達は愚かですね。こんなにもすごい人に気がつけないんですから」
そこまで褒められると……勘違いしそうだ。
でも俺は俺の弱さを強さと勘違いしない。例え第三者の見え方だとしても俺が俺をしっかりと見極めなければ何も得られないんだ。無力感を感じるのだけは嫌だ。何も出来ないなんて嫌だ。
「ありがとな」
それだけを言って軽い雑談をして朝を待つ。
全員が起きる頃には食事も出来ていて朝も早いと言うのに出発出来た。片付けも楽でいいな。こういう時にマジックバックのありがたさを知る。個人で買うのも視野に入れてよさそうだ。
昨日と同じ隊列で街へと向かう。
昨日からかなり歩いたからソヨメに「後どれくらいで着くか」とかも聞いたが返答はかなりいい。「昼前には着くと思いますよ」なんて言われてしまえば足も浮ついてしまうだろう。我慢するためにニーナでゴブリンを殺しているけどな。自分で自分のことをサイコパスだと思ってしまうよ。
「……なんか、おかしくないか?」
「変な匂いがします」
俺がソヨメに聞くとそう返してきた。
秀の顔を見ると俺と同じような不思議そうな顔をしていた。察しているんだろうな。俺も秀も同じようにこういうことは得意だと思っている。鼻に関してはお互いいいはずだ。それでも俺達は足を止めなかった。街の近くに来てから俺はそれを後悔することになる。
「燃えている……」
「……だけじゃないな。大和と零は戦う準備をしろ! 優奈は女性陣を守れ!」
街に近づくと同時に変な匂いの理由が分かった。
ましてや、本当にそれらと同時にゴブリンの軍勢にも襲われたから十中八九、間違いはないんだろうな。きっと、コイツらが街を襲ったんだろう。そうだとするのなら街の人達も含めて倒しきれる存在もいる。
「少しずつ下がれ!」
「大和!」
「助かる!」
俺達と言えどもこの数はキツい。
それにほとんどがゴブリンじゃなくてゴブリンリーダーだ。弱いなんて言えないほどに結構、俺にとっては辛いな。こういう時に何度も思う。ニーナの弱点は装填できる玉の数だって。これが五発なら一発の外しも怖くないんだが……。
「……ゴブリンナイトです」
「俺がやる! 大和は零の援護!」
「気を逸らしてくれれば手助けは出来る!」
ゴブリンリーダーなら大和で十分だ。
ただゴブリンナイトともなれば秀を使わなければいけないだろう。ここで広範囲で攻撃出来る秀を失うのはキツいが……弱音は吐けないよな。少しだけ後ろに下がることに成功した陽菜からの援護もある。この火の立ちようからして襲われたのはさっきとかでは無いはずだ。
「多分だけどここまでの問題ならば援軍は来ているはずだ」
「それまで我慢というか、下がるってことだな」
秀ならさすがに気がついてくれるか。
つまり昨日と同じように戦えばいい。気を抜かずに、それも今回は秀がいるんだから少しは楽を出来るはずだ。深呼吸をする、それがこの状況では悪手だったというのに。囲まれ始めた優奈を下がらせるために少しだけ下がる。
「大和!」
「大丈夫だ!」
一息つく、優奈を掴んで思いっ切り下がってくれた。これで一つめの憂いは消えた。秀と背中合わせになりながら武器を構える。俺が前に立つのは絶対におかしい。それでも仲間のためになれていることがどこか嬉しかった。
「……この雑魚達なら俺達で済むはずだ」
「ああ、背中は任せるぞ」
秀が走り出す。大和は優奈と一緒に守りに徹するだろう。それなら尚更、秀の背中を守れるのは俺だけだろう。俺なりに戦って仲間と一緒に生きるしかない。ニーナを構えてゴブリンリーダーを先に狩る。とは言えど、数が多すぎて貫通して殺せた数も数えられる程度。
「チッ!」
無意識に舌打ちが出てしまう。
俺の一撃のせいで一番の脅威は俺だと認識したみたいだ。明らかに大和達に向かうゴブリンが減って俺の方へ走り出している。……その分だけ陽菜の援護が強くなったから良くも悪くも戦いやすいだけだけどな。
向かってきたゴブリンリーダーを撃ち抜いてから他の敵へと照準を合わせようとする。それがいけなかった。リロードの隙をついてゴブリンリーダーが俺の懐に潜り込んでいた。見ていないわけではなかったが数を誤っていた。もしくは俺の攻撃の限界を理解して連携を組んできたのか。
どちらでもいい、それを考えている暇があるのならば倒すことを優先しなければいけないんだからな。攻撃は優奈の結界のおかげでノーダメージ、すぐにニーナを構えて懐に潜り込んできたゴブリンリーダーを撃ち抜く。そうか……明らかな油断を俺はしていたんだな。
自分を弱いと言いながら力に溺れそうになっていたんだ。敵を侮りすぎていた。何度、頭の中で思い浮かべれば気が済むんだろう。俺は弱者であって、この世界は日本のようにのうのうと適当に生きていられる世界ではないんだ。目の前のゴブリンリーダー達に向き直った。そう、その瞬間だった。
「あぶない!」
「はっ?」
突き飛ばされた、強く、それでいて優しく。
目の前で血が飛び散る。大きな胸も綺麗な顔も縦に大きな一文字の傷が出来ていた。生きているのか、違う、それよりも考えないことがあるはずなのに。ダメだ、考えられない。何で……何で俺を助けて……。
「ソヨメェェェッ!」
次回、序章最終回です。その後から本当の零の物語が始まっていきます。どのような物語になってくるのかは楽しみにしてもらえると嬉しいです。
次回は十二日に出します。