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武龍の隣の男は驚いた。
武士が忍び風情に頭を下げるのをそうそう見るものではなかったからだ。
(まあ、俺はそういうのは、まるで気にしないが)
男は思った。
陽炎の全身が震えた。
(そんな…私にそんな大役が…)
しかし、それも束の間。
陽炎は、しっかりと武龍に頷いてみせた。
何故、出逢ったばかりの武龍を信じるのか?
先ほど見せられた情景や出来事が真実という保証はどこにもない。
武龍こそが自分を騙す魔物かもしれないのだ。
だが。
何故か武龍の瞳を見ていると、素直に信じられる。
その純粋で真摯な眼差し。
「この少年は悪ではない」と、本能が陽炎に告げるのだ。
「私が『魔祓いの石』を運びます」
陽炎の決意に武龍は安堵の表情を見せた。
そして、隣の男へと顔を向けた。
男の顔をじっと見る。
「無法丸」
武龍が男の名を呼んだ。
男は一瞬、驚いたが、すぐに笑った。
「ああ。確かに俺は無法丸だ」
「お前の腕前は分かった。この陽炎の道中を守ってくれるならその刀はお前に貸そう」
「分かった」
無法丸は間髪入れず、頷いた。
「俺は、さっき陽炎を助けると決めたからな。乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ」
「ではすぐに」
武龍が言った。
「魔祓い師の元へ出発してくれ」
空が徐々に明るくなり始めるかという頃。