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わけも分からぬうちに、陽炎は男によって抱き上げられていた。
再び突進してきた針蔵を男が横飛びにかわす。
男の眼と陽炎の眼が合った。
「降ろせ!」
陽炎が怒鳴る。
「いや」
男が首を横に振る。
「俺はお前を助ける。そうすると決めた」
三度、針蔵の突進。
男は、それもかわす。
「とは言ったものの」
男が言った。
「刀が無いと、ちと厳しいな」
渋い顔になる。
「降ろせ! 私がやる!」
陽炎が小刀の刃を男の首に当てる。
「お前の技量じゃ、無理だ」
男は、まるで動じない。
揉める二人の前に針蔵が立つ。
「殺すっ!!」
針蔵の血走った眼は怒りに燃え、鼻息は荒い。
激しい復讐心から、両腕の痛みを忘れているようだ。
針蔵が突進してくる。
今までよりも速い。
「くっ!!」
男の顔が曇った。
「これを使え!!」
突如、声がして、鞘に納められた刀が宙を舞った。
男の左側から飛んでくる。
男は陽炎を自分の右側に、ぽーんと投げ、左手で刀をがしりと掴んだ。
息を吸う。
すでに針蔵は眼前まで迫っている。
男が息を吐くのと同時に、刀を右手で抜き放った。
弧を描いた刀身は、突っ込んでくる針蔵の剣山の如き顔面をいとも簡単に斜めに切断した。
声も出せずに針蔵が倒れる。
男が青光りする刀の刃を眺めた。