45
「そのひどい格好をどうにかしろ」
赤蜘蛛の糸がまとわりついた巫女装束を洗うため、桜は森の中の池のほとりにやって来た。
後ろには静香がついて来ている。
いざ、池に入ろうというところで、桜が静香へと振り向いた。
「静香様」
桜の顔が、ほんのりと赤くなっている。
「後ろを向いてください」
静香は答えない。
ただ、じっと桜を見ている。
「静香様?」
桜が戸惑った。
「私はかまわない」
「私が恥ずかしいのです!」
桜の言葉にも、静香は動かない。
しばしの沈黙。
一向に後ろを向かない静香に諦めたのか、桜が着ている服を脱ぎ始めた。
静香の方を向いたままである。
「恥ずかしければ、お前が向こうを向けばよかろう。何故、そうしない?」
桜の若々しく豊満な美しい胸を見つめながら、静香が問うた。
今度は桜が答えない。
黙って、身体と着物に付いた糸を洗い流す。
静香はしばらく桜の裸身を凝視していたが、やがてその場を離れ、辺りに落ちている小枝を集め、焚き火の用意をし始めた。
羞恥のあまり、顔どころか全身をその名の通り桜色に染めていた桜は、静香の様子を見て、やや落ち着いた。
静香のこの世のものとは思えぬ、美しくも猛々しい何か恐ろしい狂気を秘めた瞳に見つめられると、生まれたときから清廉な巫女として過ごし、俗世の欲から距離を置いてきたはずの穏やかな心が、根元の部分ごと大きく揺さぶられるのだ。
桜の頬が、いっそう赤くなった。
まだはっきりとは分からない何かが、桜の心で起こり始めている。
全ての糸を洗い流した桜は、静香の元へと戻った。
焚き火にかざし、濡れた衣服を乾かす。