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「何じゃ、竜丸! わらわに逆らうつもりか! どけ! その女に分からせてやる!」
竜丸は夜叉姫の両眼の中にある、暴風の如き猛々しさに驚いた。
しかし。
何故か、不思議と恐ろしくはなかった。
泣き虫で、姉に甘えてばかりいた竜丸に、このとき突如として勇気が湧き上がったのだ。
それは桔梗を守りたいという思いか?
いや。
確かにそれも理由のひとつではある。
竜丸は人が虐げられるのが嫌いであった。
己の強き力を持って、抵抗できぬ弱者をいたぶるなど、見過ごすことは出来ない。
確かにそれもある。
しかし、あれだけ気弱と小諸城の家臣たちに言われ続けた竜丸が、相手が若い娘とはいえ、これほどの気迫を持つ夜叉姫とにらみ合い、一歩も退かないなどとは。
いかなる成長が竜丸に起こったというのか。
それは実は、これこそが不思議の理由ではあったのだが、竜丸を脅し、散々に罵声を浴びせる夜叉姫の双眸の奥底に輝くものこそが、竜丸に力を与えていたのだ。
そう、二人にとっては、まさにこれが運命の出逢いなのであった。
曇天の下、鬱蒼とした森の木々の間を一人の娘が走っている。
度々、後ろを振り返っては、不安げな表情を見せる。
胸のふくよかな双丘が、走り続けた荒い息のため、浅い上下を繰り返す。
巫女装束であった。