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今、陽炎は久しぶりに自らの心臓の鼓動を感じ、全身を駆け巡る血の流れに温かみを覚えた。
忍びである前に、自分は人間だと思えた。
気がつけば陽炎の瞳から、ひと筋の涙がこぼれていた。
無法丸は急に陽炎に背中を向けた。
「無法丸?」と陽炎。
「悲しい涙じゃないのは分かってる。だが、どうも女の涙は苦手だ」
ばつが悪そうに言った。
「あはは!!」
陽炎が、今度は大声で笑った。
瞳から、大粒の美しい涙がこぼれた。
「静香様!!」
桜が静香に詰め寄った。
眼が怒っている。
「何だ、大声を出すな」と静香。
「私を狂虎…信虎に渡そうとしましたよね!!」
静香の眼が半分ほど閉じた。
そのまま、黙り込む。
「何それ!? もしかして、誤魔化してるつもりですか!?」
桜が奇妙斎を向く。
「奇妙斎様も見ましたよね? 静香様が裏切ったの!」
奇妙斎が頷く。
「そうじゃ、そうじゃ。かわいい娘さんが正しい。しかし、もう許してやらんか? 結果としては、きれいな娘さんはこちらに味方したんじゃし」
「駄目です!! 静香様、一回、叩かせてください!!」
「おいおい!!」
桜の剣幕に奇妙斎が慌てた。
「かわいい娘さんは巫女じゃろ!? 巫女が人を叩いてはいかんぞ!」