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「お前が、わしの天下獲りを邪魔したとなれば、あの女はどう思う? お前は、あの女の命令に逆らったことになるぞ!」
「………」
「あの女は、お前にわしの天下獲りを手伝えと言ったであろうが!! そのための、わしとお前の新しい身体ではないか!!」
「全ては露見したのだ」
ようやく武龍、いや、小諸武丸が口を開いた。
「な!?」
信虎が、訝しむ。
「何を言っておる!?」
「もう、そこまで来ておられる。見よ」
武丸が自らの後ろを指した。
「あっ!?」
武丸以外の全員が驚いた。
大広間の空間に、いつの間にか巨大な門扉が立っている。
真っ黒く重々しい鉄門だ。
鉄の軋む音と共に、ゆっくりと門が開いていく。
開いた門の先は暗闇が広がっていた。
何も見通せない真の闇だ。
闇の中に、ぼうっと何かが浮かんでいる。
白い。
そして、一部が赤い。
次第にぼやけていた輪郭が、はっきりしてきた。
顔だ。
二十代後半の女の顔だ。
色白で、唇には真っ赤な紅が引かれている。
見る者が、はっとなるほどの美しさと、男女を問わず心の芯に訴えかけてくる妖しい艶めかしさがあった。
顔が前へと進み、大広間に入ってくる。
背の高い女だ。
黒と浅葱色の二色に中央で分かれて染められた着物姿。
黒髪の、おかっぱ。
猫のような大きい瞳が、ぎらぎらと艶やかな光を放つ。
細身ではあるが、痩せすぎではない。
のびのびとした美しい肢体であった。
女を見た信虎は顔をしかめた。
子供が悪さを見つかったような表情になる。
「武丸」
女が言った。
何とも言えず、耳障りが良い扇情的な音色の声だ。
「説明しな」
武丸が、ぺこりと頭を下げた。