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あっという間に黒い煙は全て、竜丸の体内に吸い込まれた。
苦しんでいた竜丸の動きが、ぴたりと止まる。
「竜丸? 竜丸!?」
眼を閉じた竜丸を夜叉姫が必死に呼ぶ。
竜丸の双眸が、かっと開いた。
夜叉姫は、おののいた。
そこにいつも自分を見つめていた優しい眼差しがなかったからだ。
夜叉姫をにらみつけるのは血走り、ぎらついたおぞましい狂気をはらんだ瞳だった。
それは、すなわち。
狂える虎、狂虎の、鬼道信虎の眼差しであった。
夜叉姫は竜丸の手を思わず離した。
「竜丸!?」
「竜丸ではない!!」
竜丸の身体を乗っ取った信虎が大喝した。
「わしは将軍家となった」
信虎が、にやーっと笑った。
「おのれ!!」
事態を悟った夜叉姫が激昂した。
愛する夫を奪われた怒りが、恐怖を上回った。
信虎へとしがみつき、その身体を揺らす。
「竜丸を! わらわの竜丸を返せ! 化け物めが!!」
「騒ぐな、小娘!!」
再び怒鳴った信虎が、右手で夜叉姫の喉を掴んだ。