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自らの野望のために孫を犠牲にしようとしているのだ、信虎は。
竜丸は首を激しく横に振った。
「私は協力しない。お前は…邪気にあふれ、人の心を持たないお前は…私の祖父ではない!!」
竜丸は断言した。
「お前の意見など訊いておらぬ。お前は、わしが天下を獲るための道具にすぎぬ。考えてもみよ。わしの天下への野望は死んだとて、尽き果てはしなかったのだぞ! お前如きに邪魔できると思うてか!!」
竜丸は顔面蒼白となった。
怪物だ。
身体だけではない。
眼の前の祖父と名乗る男は、心そのものが怪物なのだ。
「竜丸…?」
父親の死に、泣きじゃくっていた夜叉姫も、さすがにこの場の切迫した雰囲気に気づき、泣き止んだ。
心配そうに夫の胸に、すがりつく。
繋いでいる竜丸の手をいっそう、ぎゅっと握りしめた。
竜丸は夜叉姫を連れ、大広間から逃げようと走りだした。
(夜叉だけは…夜叉だけは守らねば!)
「逃がしはせぬ!!」
信虎が言うと同時に、その姿が真っ黒な煙へと変化した。
黒煙は渦巻きつつ、すさまじい速さで二人の前に飛んだ。
そのままの勢いで竜丸の眼、耳、鼻、口へと侵入していく。
「うわっ!!」
竜丸が苦しそうに、うめいた。
竜丸の様子に夜叉姫が慌てる。
「竜丸! どうしたのじゃ!? 竜丸!?」