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「この狂虎には、もうひとつの名があるのだ。『鬼道信虎』という名がな」
鬼道信虎。
その名に竜丸は聞き覚えがあった。
竜丸の母、柚子の父、小諸義時の家臣でありながら謀反を起こし、お家を乗っ取った男。
そして信虎は竜丸の父、信竜の父でもあるのだ。
竜丸にとっては祖父にあたる。
「そんな馬鹿な!!」
竜丸は思わず叫んだ。
祖父、信虎は謀反の後、その息子、信竜の手で誅され死んだはずである。
生きているわけがない。
「嘘をつくな!!」
語気荒くなる竜丸に狂虎、否、信虎は黒の仮面を外して見せた。
その素顔は確かに何とはなく、竜丸の父、信竜に似ている。
「嘘ではない!!」
信虎の怒号に竜丸は、びくりとなった。
「この信虎は冥府より、こうして甦っておるのだ。天下を獲るためにな」
「………」
「だが、ゆえあってこの身体のまま天下を獲るのは都合が悪い。それでわしがお前になり、天下を獲ろうというわけだ。お前ならば、わしが身体を乗っ取っても何の支障もない。ずっとお前として、わしは生き続けるのだ」
(何という…)
竜丸は絶句した。
百歩譲って、この狂人が自分の祖父と認めたとしても、やはりその申し出は、あまりに異常で身勝手なものと言わざるを得ない。




