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「門鐘の巫女」と「異界の軍」、その二つを将軍家に教えた狂虎の狙いは、天下を取り戻させることではなかった。
真の狙いは、まだ分からないが、これから恐ろしい出来事が始まるのではないか?
そんな予感が竜丸の全身を走った。
「夜叉!」
竜丸は今や新妻となった夜叉姫を抱きしめ、こちらへと前進してくる狂虎を避け、広間の奥に退がった。
「竜丸…」
夜叉姫が不安そうに夫の名を呼ぶ。
竜丸は新妻の柔らかい手をぎゅっと握った。
委細かまわず進む狂虎の前に、六人の侍たちが立ち塞がった。
「乱心者を斬れ!」
将軍家が怒気のまま、命じた。
六人の偉丈夫が刀を抜き、狂虎に一斉に斬りつける。
刹那。
狂虎の裃の肩口を突き破り、六本の黒光りする甲虫の脚のようなものが飛び出した。
人の腕の太さほどもあるそれは、槍の如く尖った先端で、侍たちの刀を全て弾き返す。
続けざまに脚が翻り、敵全員の喉笛を瞬時に掻き斬った。
六人の侍が血しぶきをあげ、同時に倒れる。