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奇妙斎が静香の背後を指した。
「ちと、お互いに夢中になりすぎたようじゃのう」
静香が振り向く。
そこには狂虎も空怪も、そして桜の姿も無かった。
静香の美しい顔が、鬼の形相に歪んだ。
「狂虎め…」
「それでは」
奇妙斎が静香に言った。
「かわいい娘さんを助けに行くとするかな、きれいな娘さん」
鬼道城の本丸御殿へと、狂虎と空怪は桜を連れ帰ってきた。
桜は狂虎の当て身によって、気絶している。
突如、現れた三人の姿に上座に座った将軍家、鳳忠久はぎょっとなった。
周りの六人の侍たちも、何事かと刀に手をかける。
狂虎は将軍家を見つけると、すぐさま居住まいを正し、平伏した。
空怪も桜を降ろし、狂虎にならう。
「忠久様、最後の『門鐘の巫女』を捕らえてまいりました」
狂虎が言った。
「何と!!」
将軍家の声が、うわずった。
「では、異界の軍を呼び出せるのか?」
「はっ」
狂虎が頭を下げる。
「ただし、夜叉姫様の婚儀が、お済みになってからでございます」
「ううむ」
将軍家が、うなる。
何やら釈然としない様子であった。
「どうしても、夜叉姫と竜丸を夫婦にせねばならぬのだな?」
「左様でございます。それが天下を獲るためには必須」
おかしな物言いであった。
鳳武尊の異界の軍勢は将軍家と三つの鐘、すなわち三人の「門鐘の巫女」が居れば呼び出せるはず。
しかし、狂虎は何故か夜叉姫と竜丸の婚儀が絶対必要と将軍家に、のたまう。
その真意たるや?
「すぐさま婚礼の儀を執り行いましょうぞ」
狂虎の言葉に将軍家は驚く。
「今から? 今すぐにか?」