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桜は、ふと思った。
ここに至るまで何度も命を落としかねない危機に遭遇した。
だが、静香と奇妙斎のおかげで鬼道城まで、あと少しというところに来ている。
捕らわれた二人の「門鍾の巫女」を助けなければならない。
(それにしても)
桜は考える。
将軍家は本当に三つの鐘の力で異界の軍を呼び、その力で天下を獲り戻そうと企んでいるのだろうか?
鐘は本来、この世が危機に直面したときにこそ使われるべきもの。
個人の権勢のために使われてはならない。
それは鳳武尊の、日の本の平和を願う心とも、かけ離れている。
何としても阻止しなければ。
視線を落とし、水面を見ていた桜は、すぐそばに人の気配を感じた。
「もう!! 奇妙斎様!!」
桜が大事な部分を隠しながら怒る。
しかし。
桜の前に立っていたのは奇妙斎ではなく、静香だった。
「静香様!?」
桜が驚く。
静香は漆黒の瞳で桜を見つめている。
見つめ合う二人は無言になった。
桜は美しい静香の双眸に映る、その果てしない渇望に気づいた。
そして。
(静香様は苦しんでおられる)
そう確信した。
静香は無言で右手を桜の腰へと回した。
左手で桜の右肩に触れる。
桜は、はっとなった。
顔はおろか、その裸身すべてが、ほんのりと赤らむ。
静香の顔が、桜のそれに近づいてくる。