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いくぶん、怒りは収まったようだ。
「将軍家は?」
「姫様の祝言の準備を指示しておられます。後は毎日、かかさず酒を」
「ふははは!!」
狂虎が大笑した。
「あのような心構えで天下を獲ろうなどとは、片腹痛いわ!」
「きょ、狂虎様!!」
これには空怪が慌てた。
「お声が大きすぎます!」
「天下とはな」
再び狂虎の双眸が血走り、怪しい光を放ち始める。
「欲しい欲しいと思い続け、狙って狙って狙い続け、やっと手に入るものよ!!」
「狂虎様!!」
「たとえ己が死んだとて、欲する気概を持つ者が、天下を手中に収めるのだ!!」
「!?」
空怪は狂虎の言い回しに眼をむいた。
(死んだ者が天下を?)
「そうは思わぬか? のう、空怪」
狂える主人の、とても人とは思えぬ強烈な眼光に射すくめられ、空怪は全身を縫いつけられたように動けず、ただただ脂汗を流すのだった。
鬼麿から逃れた無法丸は、陽炎を捜して山道を走った。
戦いの夜から半日ほどが経っている。
無法丸は道中で牙狼の死体を見つけた。
その致命傷の跡は、とても陽炎が倒したとは思えないものだった。
陽炎の姿は無く、そこから何者かが先へと向かった形跡がある。
まずはひとつ、そしてその後にもうひとつ。
無法丸はそれらを追って、ここまでやって来た。