02
謎のイリュージョン事件の次の日。
僕は日本の古き良き家(行ったことはないので完璧にイメージである)のような場所にいた。
朝目覚めたら元の場所に戻っていると信じて昨日眠りについたのだけれど、状況は全く変わっていなかった。
落ち着こう。
もう何度目か分からないが、僕は昨日の出来事をもう一度振り返った。
――――。
「……え、消え、消えたあああああ!?!?」
アキさん(だっけ?)が別れを告げ跡形もなく消えた直後、
その場のお通夜のような空気をぶち壊すように僕は叫んだ。
決してわざとではない。
知っているだろうか。
人は本当に驚くと空気など読めなくなるということに。
(僕だけかもしれないが。)
悲しんでいた大人たちは目を丸くして僕を見た後、一人、中肉中背の男性が僕の前まで来て深々とお辞儀をした。
「申し遅れました、私はタムラと申します。この村の村長を務めております。」
「あ……は、初めまして。僕は――!」
今にも名刺を懐から出しそうな程丁寧に挨拶してくれたタムラさんに向き直った時、初めて気付いた。
嘘だろ。
僕は、
――自分の事がわからない。
"日本"から来た。
それは分かる、間違いない。
電車、スマホ、PC、言語……一般的な事はわかる。のに、どうしても自分の事だけが分からない。
なんだこの気持ち悪い感覚は。
「僕は……ぼく、は……」
僕が言葉に詰まっているとタムラさんは、うんうんと頷いて僕の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ。」
「……え?」
「皆さんそうなんです。"神様"は皆、そうなんです。」
どういうことか、と問いただしたい不安な気持ちをグッと抑えて、タムラさんの次の言葉を待った。
「……。」
「……。」
「……。」
「……いや、続きないんかい!はっ……すみません。」
説明があると思っていた僕は、外に出ようと向きを変えたタムラさんに思わずつっこんでしまった。
おいおい・・・マイペース過ぎるだろ。
ブラック企業の出勤日2日目並に説明がないぞ。
・・・しかし反射的に謝ってしまう僕。
呼び止められた形になって振り返ったタムラさんは冷や汗ダラダラになっている僕をじっと見た。
「……あっ!!!」
「おおぉ!?」
突然のタムラさんの声にビビる僕。
田舎のおじさんってほんと声大きいよね(偏見)。
「申し訳ありません、うっかりしてました。色々と説明しながら、村の案内をさせて頂きますね。」
「……!はい。是非よろしくお願いします。」
やっとキター!
外に出るとふわっと潮の香りがした。
海が近いのだろうか?
気候は湿気がなく随分とカラッとしている。(日本っぽくないな。)
自然も多くて、空気が綺麗だ。
僕は大きく深呼吸をした。
タムラさんは歩きながら少しずつだけれど、説明してくれた。
村人は先程あの場所にいた大人と数名の子供、40名程で成り立っているという事。
僕は僕の"仕事"をするだけで衣食住全て与えられるという事。
外部から来た僕やアキさんのような人間に首の裏を触れてもらう事が村の習わしだという事。
そういう人達を"神様"と呼んで崇めているという事。
神様は大体5年程で交代するという事。
神様は最初は記憶がない。――元の場所へ戻る日が近づくにつれて徐々に戻るという事。
当たり前だがタムラさんに僕自身の事を聞いても分かる訳がない。
仕方がない――僕は、その徐々に記憶が戻るという情報を信じるほかなかった。
それ程広くはない村だ。
すぐに案内も終わり、僕はタムラさんと別れ、僕の家と案内された最終地点の扉の前に腰を下ろした。
この村の少し中心から離れた一番高い場所にあって、海がよく見える。
人目も気にならない、とてもいい場所だった。
「綺麗だな~・・・」
僕は呑気にも景色を楽しむ余裕はあるらしい。
両手を合わせて伸びをすると、少しスッキリした。
ここは文化の古さは感じるけれど、言葉は通じるし……日本なんだろうか。
もしかして天国とか。
もしくは流行りの異世界転移とか……。
「タムラさんは5年くらいで神様が交代するって言ってたよなあ・・・」
(ということは、)
アキさんは元の世界に戻る事が出来たのだろうか。
「んー……」
彼女は最後に何と言ったんだっけ。
「(……さようなら。)」
うん、その前に。
確か人の名前を……。
「んーんー……!」
ハッキリと思い出せず、僕はモヤモヤを何とかするように頭をぐしゃっと掻き回した。
記憶を出来るだけ丁寧に拾い上げる。
小さい声だったけれど、彼女は確かに言っていた。
「(……を頼みます。)」
アキさんの表情、あの場の雰囲気、匂い、声、音、思い出せ。
「……。」
思い出せ。
「……!「"ハル"を頼みます。」!!」
「は?」
思い出したと同時に思わず声を上げた僕の前に、いつの間にか喧嘩腰の少年(青年?)が立っていた。
綺麗な白い髪が、潮風にゆらゆらと揺れている。
彼の今にも燃えそうな赤い瞳がしっかりと、僕を捉えていた。
「アンタ、誰だよ。」
それはこっちの台詞だけれども!!!