01
「 」
苦しくて、苦しくて苦しくて。
喉が焼けるような熱さの中、必死にもがいて目を開けた。
――そこには息を呑む程に美しい女性……とそれにひれ伏す人々。
状況が全く飲み込めなくて、ありったけの力で自分の頬をつねる僕。
「……痛い。」
「ふふ、当たり前ですよ。」
僕の漏れ出た心の声に、目の前の天使のような女性は小さく笑った。
その言葉に突然恥ずかしくなった僕は、女性から目を逸らすように辺りを見渡したのだが。
雛壇のような物に乗った僕と女性を崇めるように数十名の大人たちが膝をついていた。
口々に「有り難や……有り難や……」と言っている。
……怪しい団体か何かに誘拐されたのだろうか、僕は。
見渡した分だけ突然不安になる安否。
僕はもう一度女性を見た。
「初めまして、私はアキと申します。」
改めて聴くと、なんて儚げな声をしているんだろう、と思った。
「時間があまりないので、簡潔に申し上げます。あなたは神様になりました。」
「は?」
思わず声が出た。
しかし勘違いしないでほしい。
喧嘩を売る感じの「は?」ではなく、この場合この人は何てすっとんきょん(すごい久しぶりに使った気がする)な事を突然言い出すんだろう、の「は?」である。
しかし彼女は気にせず話を続ける。
「七日に一度、村人たちの首の裏に必ず触れて下さい。」
彼女はトントンと、自分の首の裏を叩いてみせた。
ひれ伏している人達の首の裏を見るとなるほど……二重丸のような刺青、と言っていいのだろうか?印のようなものがあった。
そして、もう一度僕の目をしっかりと見つめながら彼女は念を押すように言った。
「これがあなたに必ず全うしてほしい仕事です。」
彼女の声は大きいわけではないし、寧ろとても弱々しかった。
彼女自身も決して強そうなタイプではないし、こんな事を言っては失礼かもしれないが、見た感じは普通より大分か弱い女性だ。
だけれど僕は、何故だか、頷いてしまった。
彼女がそれを見て微笑んだのが合図のように、ひれ伏していた人々は顔を上げてそれぞれ彼女を惜しむような言葉や、
感謝や、別れの言葉を告げ始めた。
え、ちょ、ちょ、ちょっと待って状況についていけないんですけど。
と出かかった言葉を僕はグッと飲み込んで、あの、と頭の中をごちゃごちゃにしてるクエスチョンマークを何とか整理しようと深呼吸してから彼女に声をかけた。
――と、同時に僕の声は遮られた。
「あの、」
「直にわかります。あなたの疑問も、不安も、全て。」
なぜ僕の言いたい事が分かったんだろう。
そして、と彼女は続けた。
「きっと、あなたの希望も叶います。」
何から何まで理解出来ない事ばかり。
僕は一から十まで教えて欲しいのだ。
一言われて十理解出来るようなタイプでは決してない。
そんな頭は持ち合わせていない。
誘拐?異世界転生?死後の世界?ドッキリ?
いろんな可能性をいくら考えても答えは出ない。
説明を期待しても、彼女の口からその解答が告げられる事はもうなかった。
彼女は膝をついている人達の方を向き、深々と頭を下げてこう言ったのだ。
「……どうか皆様お元気で。皆様の今後が幸福で長い人生であるよう、祈っております。」
すると突然、大勢の大人が涙を流し始めた。
やたらと大きな嗚咽を漏らしている者もいる。
僕一人だけその状況が理解出来ていない事はもはや仕方がない。
僕はただただ、この状況が怖かった。
当たり前のように、僕の言いたい事を理解して先回りするこの女性が、
この女性をまるで神のように崇めるこの人達が、
僕にはただ、怖かった。
僕のその恐怖をまたしても感じ取ったかのように女性は僕の方に向き直り、人間のように、微笑んだ。
そして、僕にも聞こえないくらい小さく何かを呟くと、たった一筋、涙を流した。
「――有難うございます。私はずっと、――。」
地面にこぼれ落ちた涙の、何と美しい事か。
言葉より何より、この瞬間の目に映る光景に僕は意識を奪われた。
「……さようなら。」
そして彼女は――消えた。
信じられない自体に僕は驚きの声を上げる。
人が消えたのだ。僕の目の前で。さながらマジックのイリュージョンのように。
しかし煙幕もなければ地面に仕掛けがあるわけでもない。消えたのだ、僕の目の前で。