俺が欲しいのは・・・
夕暮れ時、正装して街へ出かける。
「この頃物騒でございます。お気をつけて」
執事が丁寧に見送る。
物騒、か・・・。
俺の知ってる昔はよかった。街は混沌の中にあり、俺はそれに紛れて闊達だったよ。
今はどうだ?
政府が整備した歓楽街。人々は娯楽程度に嗜むばかりで冒険することも忘れてしまっている。最近になって俺は窮屈な思いと辛酸を何度舐めてきただろう?
黒塗りの車を降りて、今夜のパーティ会場へ到着する。
招待客に紛れて、今夜の獲物を物色する。
あの女!
ワイン色のカクテルドレス。長い黒髪。つけているジュエリーも夜空にこぼれんばかりの輝きを放っている。
「お嬢さん、よろしければご一緒してよろしいかな?」
渋い声で語りかけると、彼女は目を見開いて俺を見て、無言で頷いた。
二人でシャンパンを傾け、この街の支配者について意見の相違をみながらも、大体において楽しく時間が過ぎてゆく。
「なんだか酔っちゃった」
「休憩所へいこう」
彼女はくすくす笑いながら簡易ソファに倒れ込む。
「いざ!」
「っきゃー!何するの?」
彼女が叫んだ。
「欲しい!」
「何が?」
「お前の生き血が欲しい!」
その言葉に、彼女は叫ばなかった。
代わりに腹の皮がよじれるくらいゲラゲラ笑い転げた。
「受ける!ちょー受ける!」
「!?」
「今どき吸血鬼ごっこ?ほんと変な人!」
「・・・」
俺の食欲はすっかり萎えてしまった。
「あら何処行くの?」
「・・・帰る」
しょんぼりと屋敷に帰宅する。
「大丈夫でございますか?」
「本当に世知辛い世の中になってしまった・・・」
「輸血用の血液のストックをお持ちしましょう」
「ああ、頼む」
上着を脱がせて執事が奥に引っ込んでいった。
ああ。あのめくるめくような人との展開!もうこの時代では無理なのだろうか・・・?
俺が欲しいのは確かに美女の生き血だが、本当に欲しいのは、緊迫感と恐怖に彩られた一連の流れ、それだった。