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デブの異世界英雄記  作者: 大岩 太
第一章 旅の序曲
9/52

レッドゲージ

 僕とアリエッタはお互い無言で宿屋から出る。

 昨日の一件があってから、アリエッタはずっと口を聞いてくれない。鏡に写った自分の姿を見てみると、我ながらザ・キモデブといった感じだ。目が覚めたらそれに抱きついていたのだから、彼女としてはトラウマものだろう。僕は何度も彼女の感触を思い出していた。

 僕がアリエッタの後ろ姿を見つめていると彼女は急にブルッと上下に震え、ものすごい勢いで振り返る。

「今私のことエロい目で見てたでしょ!ほんッッッと気持ち悪い! 死ね! 強姦魔!」

 僕を鋭い視線で睨みつけ、その整った顔を僕への嫌悪感で歪めるアリエッタ。

「い、いつまで怒っているのさ! 別に減るものじゃ無いんだし……」

「増、え、る、の! 屈辱がね!!」

 アリエッタはもう何を言っても怒るだろう。

「……あー、こんな負け組男に脳内でめちゃくちゃにされてるって思うと反吐が出るわ……。きっとモテないから近くに女体があるとすぐ妄想するのね。ムーラ村の時もあの村娘のこといやらしい目で見てたし……性欲魔人よ」

 この娘の中で僕のイメージは一体どうなってるんだ……。

「も、もう許してよ。僕が悪かったよ……」

 僕が頭を下げるとアリエッタは立ち止まる。

「今日もここで資金を稼ぐわ」

 アリエッタは怒っていたのが嘘のように普通に話す。始めの方は本当に怒っていたが、後半はただ僕を罵りたかっただけらしい。

 何だかんだ話しているうちに僕たちは討伐依頼受注所に着いていた。僕達は慣れた様子で中に入る。



「やあ、君達はここに来ると思っていたよ」

 いきなり声をかけて来たのは髭の男……。素顔の状態のグロフレインだ。僕もアリエッタも予想外のことに一瞬固まる。

「討伐依頼に行くのなら、当然戦力は必要だろう?だから俺が協力しよう」

 いやいや、この人何で気のいいおじさんみたいな感じで話しかけているんだ。昨日の件があってから僕とアリエッタは尚更この男を警戒している。


「お、お前はもしかしてまた僕を……!」

 グロフレインは僕の口を手で塞いだ。

「おっと、この街ではグインという名を名乗っているんだ。まだ胴体とお別れしたくなければそう呼びたまえ」

 グロフレイン改めグインは僕の耳元でそう言うと依頼書を一枚取る。

「この依頼が良いと思うんだが、どうだい?」

「ちょっと、何勝手に決めているのよ!」

 そう言うとアリエッタはグインから依頼書を奪い取る。


 依頼の内容は、イッカクリュウの討伐。


 アリエッタがこの紙を戻そうとすると、受付の人が声をかけてくる。


「あ、あの、その依頼なのですが、昨日依頼を受けた方々三名が未だ戻っていなくて……」


「ほう、つまり訳ありの依頼ということかな?」

 グインが受付の人に答える。

 行方不明という言葉を聞いて僕は背筋が凍る。戻っていないということは……もしかして……。

「レッドゲージの可能性があるってことね……。私達が受ける依頼じゃないわ。やめておきましょう」

 レッドゲージって何なんだろう。だが、その名前からして危険なものだということはすぐにわかった。

「み、見るからに危なそうだよ……! このイッカクリュウって、かなり強そうじゃないか……!」

 僕やアリエッタはそう反対するものの……。


「レッドゲージの可能性があるならば、早急に対処した方が良さそうだ。もしこのイッカクリュウがリブドールに迷い込んで来たらかなりの死傷者が出るだろう……」

 イッカクリュウってそんなに危ない魔物なのか……!スライミーの次がいきなりこれって……!

「よし、わかった。ならばそのイッカクリュウ、俺達が討伐して来ようじゃないか」


 ……!?


「は!?何で貴方が勝手に仕切ってるのよ!!」

 アリエッタもグインのあまりの横暴ぶりに怒りを露わにする。

「俺は年長者だから当然だろう。それに、俺はこの街では平穏に暮らしていたい。俺の平穏を乱す可能性のある魔物は予め潰しておくさ。君達は昨日俺に助けられたのだから、協力してくれてもいいだろう?」

 受付の人も両手を合わせ、お願いしている。

「報酬の内訳はどうするのよ」

 アリエッタの問いに対し、グインは一切迷うことなくこう答えた。

「君達に全てあげよう。俺は、暗殺(ほんぎょう)の方でそれなりに潤っているからね」

 僕とアリエッタはマジか、と思い目を見開くと、グインは既に受注所のドアへ向かっていた。

「あ、あの人勝手すぎる……」

「珍しく同意ね。私もそう思うわ」

 僕達は愚痴をこぼしながらグインの後をついていく。



 その少し後ろ……。


「ん~? おい、あのデブは昨日捕らえた中にはいなかったが?」


「も、申し訳ありません……。恐らく、一人取り逃がしたと報告があった例のデブでしょう……」

 帰ったと思われていたオージ王子……。兵を五人連れて街を歩いていたところ、彼は偶然にも太を見つけてしまった。

「まァいい。後を追うぞ」

 気づかれない程度の距離を開け、オージ王子一行は太達の後をつける。




────────

────



「イッカクリュウは、報告によるとこの平原にいるらしいが……」

 グインと僕達は周囲を見渡すが、それらしきものは見つからない。しかし、アリエッタが何か異変に気付いた。

「……血の匂いがする」

「ひっ、ひぃいいい!」

 アリエッタが匂いを辿っていくと、巨大な血痕が遠くに見える。

「あそこで一人食べられたみたい……。フトシは見ない方がいいわ」

 アリエッタとグインは血痕の方へ歩いていく。僕が怯えていると、二人は程なくして戻ってきた。

「これは、レッドゲージ確定だね。イッカクリュウは人の味を知ってしまった……」

 グインが腕を組みそう言う。

「れ、レッドゲージって結局何なんだよ……!」

「人の味を知ってしまった魔物のことよ」

 アリエッタがそう答える。そして彼女は言葉を続ける。

「レッドゲージになった魔物は、通常種より遥かに凶暴化するの。魔物によっては一回り大きくなるものもいるわ」

 僕達はこれからそのレッドゲージを倒そうとしている……。しかも、スライミーより遥かに強いイッカクリュウだ。


「さて、先を急ごう。何となく嫌な予感がする」


 グインを先頭に地面に垂れたような血の痕を追って歩いていく。すると次第に森に入っていく。森には道ができており、まるで一本道を作るかのように木がなぎ倒されていた。


「ほう……。イッカクリュウは本来危害を加えなければ大人しい魔物だが、ここまでするか……」

 グインの言葉からすると、この一本道はイッカクリュウが突進して出来たもののようだ。つまりこの先にイッカクリュウがいる。普通の人ならば近づかない、まさに死へと続く道というわけだ。進んでいくと洞窟が見える。

「フトシ、あの洞窟の中に入ったら絶対私から離れないで」

 僕はこくんと頷いた。僕達はそのまま洞窟に入って行く。



 洞窟の中は迷路のように入り組んでおり、僕達は道に迷ってしまった。


「か、帰り出られなくなったら大変だよ……!」

 僕がそう不安になっていると……。

「道は俺が全部記憶しているから安心したまえ」

 グインはとても頼りになる。自分を殺そうとしている男とこうして歩いているのだから不思議な気分だ。気がついたら僕、アリエッタ、グインの三人でこれまでも旅してきたんじゃないか、と錯覚するくらいに今彼は馴染んでいる。これも暗殺のターゲットに接近するスキルなのかと考えると恐ろしいが……。グインは手慣れた様子で奥へ奥へと進んでいく。




 洞窟内、ある道では……。


「おい、完全に勇者フトシを見失ったぞ!! 何をしているんだお前達!」

 オージ王子はここまでついてきていた。


「お、王子……奥に何かいます……!」

 兵士がそう言うと、オージ王子にも何か大きな影が見えてくる。この道は、太達を探すオージ王子達にとっては間違いだが、イッカクリュウを探す太達にとっては正解の道だった。


「何だ……? この巨大な岩ァ」



「ハシュルル……ハシュゥゥ……」

 近付いてよく見てみると、そこにいたのは頭から巨大な剣を思わせる異様に長い角を生やし、どっしりとした重量感のある肉体に、まるで岩のような鱗をした魔物だった。魔物の目は煌々と光り、オージ王子達を狙いを定めるかのように見ていた。


「う、うわぁああああ!!」

 それを見ると、兵士達は一目散に逃げ出してしまう。


「お、おい待てお前達!お、俺様、腰が抜けてう、動けな……!」



 オージ王子が動けずにいると魔物は雄叫びをあげる。それは凄まじいほどの轟音となり、洞窟中に響いていた。

「ハシュァアアアアアアアアア!!!」




 そして、また太達の方へ戻る。



「何……?今の、鳴き声……」

 魔物の声で洞窟全体が揺れている。

「嫌な予感がする……。あの鳴き声がする方向へ急ごう」

 アリエッタとグインは迷い無く先に進んでいくが、僕はとても恐ろしくて進みたくなかった。



 そして、僕達はとうとう着いてしまった。

「……! 止まって。この先に、いるわ」

 僕達は洞窟の岩陰に身を隠すことにした。僕がそこから顔を覗かせてみると……。まるで巨大な岩のように大きな魔物がそこにはいた。頭から生えている剣のような角で、こいつがイッカクリュウだとわかってしまった。


「ひっ……!」

 今から僕は、こんなのに立ち向かわなくちゃいけないのか……? その目は異常に血走っていて、口元には乾いた血が付着している。


「通常種の倍くらいの大きさはある……。元々から大きい奴がレッドゲージになって凶暴化した、ということかな」

 冷静に分析するグロフレイン。


「た、たたた助けろォオオオ!!誰でもいいから、俺様を助けろォォ!!!」

 突然、イッカクリュウのいる方向から声が聞こえる。イッカクリュウが少し動いたことにより、その声の主の姿が見える……。



「あれは……!」


 そこにいたのは昨晩僕を捕らえようとしたこの国の王子だった。

「こ、このままだと大変だ……!食べられちゃうよ」

 僕がそう言い、二人に視線をやると……。


「このまま行くと危ないのはこちらの方だ。オージ王子には悪いが、イッカクリュウが彼を食べて満腹になったところを狙う」

 グロフレインは、簡単にオージ王子を見捨てるという道を取った。

「あのバカ王子が死んでも何の問題も無いわ。王位継承権があるのは弟の方……。国王もアレには期待してないもの」

 アリエッタもそう言う。


「くそッ! あいつら俺様を捨てて逃げやがって!! 俺様は、まだ死にたくねえ……死にたくねえよ……!」

 オージ王子は大きな声で話し出す。


「元はと言えば、全部勇者フトシのせいだ……!」

 オージ王子の悲痛の声に耳を塞ぎたくなった時、彼は僕の名前を出す。


「勇者フトシを捕らえてくれば父上も俺様を見てくれる……認めてくれると思ったんだ……!」


「勉学も剣術も何もできねぇ……! 舐められないように威張り散らすしか無かった俺様にやっと巡ってきたチャンスなのに……!」


 このオージ王子は、幼い時から剣術も勉強も才能には恵まれず、自分より優れた弟の陰で生きてきた。周りは自分に一切期待しない癖に、平民の子供と遊ぼうとすれば王族だから、と距離を置かれる。幼きオージ王子には、王族という肩書きは自分を拘束する鎖でしか無かった。


 思春期になるにつれ、オージ王子の性格は段々と歪んでくる。王族という立場から逃げられないのなら、それを利用して踏ん反り返ってやろうと。それも、ある意味父である国王に自分を見て欲しかったが故の行動だったのかもしれない。


 王族という華やかな存在でいながら誰よりも孤独……。そんなオージ王子には一つ、願いがあった。



「俺様が死んでも……父上も誰も悲しまねぇ……せめて、せめて一人くらい、そういう奴がいたらよう……」


 イッカクリュウがオージ王子の方を見る。これから獲物を食べる、といった顔だった。


「……!」

 目の前で、人が死ぬ……。僕にはそれが耐えられなかった。でも、怖い。一歩踏み出すのが怖い……。そんな時だった。


 ドン!


 アリエッタが僕の背中を思いっきり押す。それにより、僕は岩陰から飛び出てしまう。


「……! やめろおおおおおおおお!!!」


 飛び出した後は、簡単だった。僕はイッカクリュウに向かって叫び、腰に下げた銅の剣を抜き、構える。イッカクリュウは僕の方へ振り返り、その血走った目で獲物を見るように睨む。




「お前……勇者フトシ……? 何故、何故お前が俺様を……!」

 オージ王子はこの状況を信じていなかった。まさか自分を誰かが助けに来るなど……。しかし、都合のいい夢だとしても、今はそれに浸っていたいと思ったのだった。

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