最悪の遭遇、再会
ギィンッ!!
裏道で、金属同士がぶつかり合う音が響く。
「ぐっ、うぅう……!」
僕はアリエッタのもと、剣の扱い方を教えてもらっていた。僕が渾身の力で剣を振り下ろすと、アリエッタはそれに合わせて短刀を振るい、涼しい顔で僕の剣を受け止める。
「闇雲に振り回すだけじゃダメ。相手の次の動きを予想しながら攻撃して」
アリエッタは僕の剣を受け流すと、そのまま体勢を崩した僕の腹に蹴りを叩き込む。
「ぐぅっ……!」
「剣に気を取られすぎよ」
何度目だろう。何度もこうしてアリエッタと剣を交えているが、一向に僕がアリエッタに勝つビジョンが見えない。
「む、無理だぁ……僕に強くなるなんて……」
この弱音ももう何回目だろう。アリエッタも溜息をついている。
「そこ、脇が甘い」
「もう少し重心意識して」
「今だけで2回は死んでるから」
アリエッタの厳しい指導は続く。心なしか楽しんでるんじゃないか? と思うくらい彼女はめちゃくちゃに無理難題を押し付けてくる。
「ぜはぁ……ぜはぁ……」
「……今日はこんなところね」
夕暮れ時になって、やっと今日の特訓は終わった。僕達が宿屋に向かおうとしたその時だった。
「ほう、中々いいものを見させてもらったよ」
背後から声が聞こえた。振り返ると、黒い革の鎧のようなものと腰に剣を提げた、ボサボサの茶髪頭に鋭い眼光、鼻の下と顎に少し髭を生やした男が立っていた。
アリエッタはこの男を警戒するように睨み、短刀を構えている。それもそうだろう。いくら太の特訓に付き合っていたからといって、彼女が人の気配を見落とすことなどあり得ないのだから。
「ああ、警戒しないで欲しい。俺はたまたま通りかかって、君達の特訓の様子を見ていただけなんだ……。若い頃を思い出してね」
男は両手を前に出し、攻撃の意思がないことを示す。
「じゃあ、ここで見たことは全て忘れなさい」
アリエッタは短刀をしまうと、宿屋の方へ行ってしまう。
「あ、待ってよ!」
僕は男に礼をすると、そのままアリエッタについていく。
裏道から出ようとすると、何やら町の広場の方が騒がしい。嫌な予感がして僕達はその様子を見ると、広場の中心には王宮にいた兵士達がいた。
「そ、そんな……! どうしよう殺される……!」
「取り乱さないで。連中何か妙よ」
よく目を凝らして見ると、兵士達の中に一人、豪華な服装を着た男がいる。そして、兵士達は町の人たちを捕まえていた。しかし、彼らは皆共通の特徴があった……。
「連中、お前の顔がわかってないのね。太ってる男だけを捕らえているわ」
すると、豪華な服を着た男が前に出て話しだす。
「よく聞け! 俺様はラナティス王国第一王子、オージ=リュナクレジオ=ラナティスである!! 勇者フトシ、お前が太っていることは父上や兵達の話でよくわかっているぞ!! 今、この町にいるデブを全て確保するよう兵に命じてある!! お前が見つかるのは最早時間の問題……観念して出てくるがいい!!」
「オージ……王子……? あの国王の息子……?」
オージ王子。オージオウジ。オージオージ。わかりづらい名前だなぁ。
だが、確かにデブを捕まえていけばそのうち僕にたどり着く。この国の王子はかなりのキレ者だ。
「ええ、そう……。ナルシストで傲慢な態度、この国の恥でしかない大バカ王子よ。うわぁ……あんなバカな作戦に為す術ないなんて……」
心底がっかりするアリエッタ。本来なら焦るところなのだろうが、僕とアリエッタはオージ王子の作戦が作戦で……緊張感が薄れていた。
「デブを見つけたぞーーッ!」
背後から声がする。振り返ると3人の兵士がそれぞれ剣や槍を構えていた。
「報告の通り女連れ……どうやらお前が本物らしいな……。さあ、オージ王子がお待ちだ……来てもらおうか」
兵士が近づいてくる。
「うっ、アリエッタ……!」
僕は無意識にアリエッタに頼ってしまう。彼女も訓練された兵士にまだ少ししか鍛えてない僕が勝てないと思ったのか、短刀を抜き兵士達へ向かっていく。
「こちらは三人だ! 女一人で何ができ……ぐぶっ!?」
油断した兵士に短刀で斬りかかるのではなく、兵士の足を狙い蹴りを叩き込む。一人の兵士はその場にしゃがみ込み、後の二人が向かってくる。
「この女……なんてすばしっこい……!」
兵士達が振るう剣を難なく、身軽に避けるアリエッタ。短刀を構え、相手の意識を短刀に集中させてからの蹴り。相手が警戒して距離を取ろうとしたタイミングでの追撃……。これが彼女の言っていた相手の次の動きを予測する、ということなのだろうか。兵士達三人は今、完全にアリエッタに撹乱されている。
「がふっ……女……! 貴様ァ」
「何度やっても無駄よ。諦めなさい」
アリエッタがそう言った途端だった。
「いたぞ! デブと女発見!!」
兵士達の増援がやってくる。その数はとてつもなく多く、更に七、八人増えた。
「フトシ! 走るよ!」
「あえ!?う、うん!」
アリエッタに言われるがまま、僕は走る。裏道を走り続けるのだが、兵士達はずっと僕らを探し回っている。
「っ、このままじゃ時間の問題ね……」
「こっちに来るんだ」
男の声が聞こえる。兵士かと思い僕とアリエッタはビクッと体を震わせるが、声の主は先程、特訓が終わった後に出会った髭の男だった。アリエッタは何故? と言いたげな顔だったが今、逃げ切るにはこの男を信じるしか無く、アリエッタもしぶしぶと着いていった。
「この先に隠し扉がある。そこに隠れれば兵士達に見つからないだろう」
男に着いて行くと行き止まりになる。しかし男が行き止まりの壁の突起を押すと彼が言った通り隠し扉が開く。僕とアリエッタは男と共にその中に入って行く。入るとすぐ階段があり、下に降りて行くとまた扉がある。そこを開くとかなり暗い部屋に到着する。うっすらと家具があるのが見える。
「どうだい。ここは俺の家でね……。中々悪く無いだろう」
男はキャンドルに火を灯すと部屋が明るくなる。地下にある部屋にしては綺麗で快適そうな環境だった。男がかなり繊細なところまで掃除しているのだろう。
「あ、ありがとうございます……。助かりました……」
僕は男に礼を言う。
「しかし何故、家に隠し扉なんて着けているんですか……?」
僕が疑問を投げかけると、男は口元に笑みを浮かべ一言答える。
「仕事柄仕方なくてね」
アリエッタはまだ男を警戒している。
「貴方は何故、私達を助けたの……! 貴方に私達を助けて得があるとは思えないけど……!」
男はそれを聞くとくっく、と笑う。
「さあねぇ。確かに、俺に君達を助けても何も得は無い。けど君達は俺が求めるものを持っている。いや、いずれ持つことになるかもしれないと思ったんだ」
男はそう言うと僕達にコップを出し、飲み物を注ぐ。それは紅茶のような香りがしてとても美味しそう。僕が手を伸ばそうとすると、アリエッタは僕の手をガッと掴む。
「な、何するんだ!」
「ねえ、これ毒入ってたりしないよね」
アリエッタは男をギッと睨み敵意を剥き出しにして言う。
「な……!? た、助けてもらったのに失礼じゃないか!」
僕がアリエッタにそう言うと、男は突然笑い出す。
「クク、ハハハハハ! 随分と警戒されてしまったようだね」
その様子を見て、僕も男を疑い始める。
「だが、このお茶は君達をもてなそうと思ったもので、本当に毒は入ってないんだ」
男は自分のコップにもお茶を注ぎ、飲んで見せる。
「……目的は何? もしかして、またフトシを殺すつもり?」
え? アリエッタは何を言ってるんだ? 僕とこの人は初対面で……。
「成る程、君は気付いていたようだねぇ。お嬢さん」
「え、アリエッタ……? な、何だよ……! 状況が全くわからないよ!」
アリエッタの頬から汗が一滴伝う。ここまで焦っている彼女を見るのは初めてだった。
「こいつは、私達が初めて会った日、お前を殺そうとした暗殺者……グロフレインよ……!」
……え?僕は一瞬理解が追いつかなかったが、男はどこからか黒い布のようなものを取り出してくると、それを羽織る。そして顔を完全に隠す。その姿を見た時、僕はゾッとした。
彼の姿は確かに、あの日国王の命令で僕を暗殺しようとした男、そのものだったからだ。