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デブの異世界英雄記  作者: 大岩 太
第一章 旅の序曲
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救う者、救われた者

 砦の中は昼間でも薄暗く、ところどころ苔が生えていて建物の古さを感じさせる。入ったばかりの一階には一切生き物の気配は無く、本当に魔物の巣窟かと思うほど静かだった。

「……たぶん魔物は休息を取っているわ。けど、いつ襲われるかわからないから剣は持っておきな」

「うん……」

 アリエッタに言われるままに僕は腰に提げた剣を抜く。

「お、重い……!」

 元の世界のアニメのキャラクター達は、こんな重いものを軽々と振り回していたのか……!

「スライミーは普通に斬ってもすぐに再生するわ。体内にある2つの目玉を斬ることでようやく倒せるの」

 うげっ、グロい……。でも、そうか……。RPGみたいに簡単にはいかないよな……!そう思いながら一歩一歩、慎重に砦の階段を上って行く。


「フシュゥゥゥ、フシュゥゥゥ……」

 二階に着くと何やら不気味な吐息みたいな音が聞こえる。それらが何重にも聞こえ、この階だけでもスライミーがかなりの数いることがわかる。

 僕の前を歩くアリエッタはくるりと僕の方へ振り返ると、自身の口元で人差し指を上に立て、ここから先は静かに、と僕に合図する。

 僕とアリエッタは恐る恐ると物音を立てないように吐息の方へ向かう。吐息の方へ向かうと小部屋にまず3匹、スライミーがいた。彼等は吐息を出しながら全く動かず、寝ているようだった。

 アリエッタは僕に待て、と合図すると1人、短刀を抜きスライミーに近づいていく。そして、その体内にある2つの目玉を正確に一突き。スライミーは断末魔もあげず体が崩れ、ただの紫色の気味の悪い液体と化した。貫かれた目玉はピンポン玉程度の何か黄色の玉?のようなものに変化し、アリエッタはそれを短刀から抜き取り懐にしまう。僕はそのグロテスクな光景に思わずヒィッと声を漏らしそうになるが、アリエッタは何も感じない様子で僕に手招きする。そして、もう2匹のスライミーを指差す。どっちかを倒してみろ、ということらしい。

 僕は剣を構えスライミーに近づく。さっきアリエッタがやったように、僕もこのスライミーを殺す……。そう思った瞬間、僕の手が震える。理由は色々あったと思う。単純にグロテスクすぎる故の嫌悪感、剣が重くて貫けるか不安、など。しかし一番、僕が恐れたのはこれから命を奪う、ということだった。スライミーはリイのムーラ村を襲った魔物達だ。彼女の不安を取り除く為にも殺さなければならない。しかし僕の心の中には殺されることではなく、殺すことへの恐怖が纏わり付いていた。

 このスライミーは敵だ。殺す。殺す。殺す……!

「ッ……!」

 本当なら、これはゲームだとでも思い込めばいいのだろう。しかしここで命というものから逃げてはいけない気がした。僕は呼吸を徐々に整え、更に一歩、スライミーに近づく。


 そして、寝ているスライミーに一思いに剣を突き刺した。

 スライミーの感触はぶよぶよとしてとても気持ち悪く、その中にある目玉に剣先が当たり、それを貫いた。スライミーを殺した。


「ドロギュゥイイ……ッ!」


 ──否。

 僕が貫いたのはスライミーの目玉の1つでしか無かった。


「ギュミィイイイイイイ!!」


 瀕死のスライミーは甲高い鳴き声でこちらを威嚇する。そしてその声の影響で、眠っていたもう1匹が目を覚ました。

「ドロドロミギィイ……!」


「不味っ……フトシ、早くそいつにトドメ刺して!」

 アリエッタは目覚めたもう1匹に応戦しながら指示を出す。

「ギュミャァァアアア!!」

 瀕死のスライミーが襲いかかってくる。

「ッ、ひ、ひぃいいいいい!!!」

 僕は無我夢中で剣を振るうが、貫いた目玉の1つが邪魔でうまくスライミーに剣が刺さらない。


 アリエッタは難なくスライミー一体を倒すと、僕の方に向かってくる。しかし、


「ギュミィイイイイイイ!!!」


 ドドドド……と大きな音が聞こえる。上の階にいるスライミー達が降りてきているのだ。その衝撃で砦全体が揺れる。その衝撃で、僕の剣に刺さっていた目玉が落ちる。


「うっ、うわぁあああああああ!!」


 僕はそのタイミングで瀕死のスライミーに剣を突き刺す。目玉がうまく体内で動き回り上手く刺さらない。

「このっ、このっこのっこのっ!!」

 僕は何度もスライミーに剣を刺し、スライミーは僕に纏わり付いてくる。そして、その末に僕はスライミーの目玉を銅の剣で貫いた。目玉は黄色の玉に変わり、スライミーの体は崩れていく。

「はぁっ……はぁっ……!」

 しかし1つの戦闘が終わっても、僕は休息を許されなかった。

「ギュミィヤァアアアアアア!!!」

 大量のスライミー達が小部屋の前に集まってきている。その数は約、15匹くらいだ。

「フトシ、自分の身は自分で守って……!」

 そう言うと、アリエッタは部屋に入ってきたスライミー達に向かっていく。

 まず1匹、両目を貫き倒すが周囲にいる数匹がアリエッタを囲み、自身の体の一部分を触手のように伸ばし、捕まえようとしてくる。

「くっ……! こいつら、厄介すぎるわ……!」

 跳躍してそれを避け、落下時にそこからもう1匹貫き、倒す。

「……!」

 僕はそれをすっげ……と思いながら見ていたが、その余裕も無くなる。

「フトシ! そっちに2匹向かったわ!」

「ギュミャーッ!」

 2匹のスライミーが僕に襲いかかる。

「ひっ……!」

 今度は2匹……。どうやって倒せばいい……? 片方を狙っても、もう片方が僕を襲ってくる……!

「くっ、う、うわぁあああ!!」

 僕は重い銅の剣をブンブンと振り回す。スライミーはそれでもその隙間を狙って触手を伸ばしてくる。

「く、来るな来るな来るなぁッ!」

 恐怖から僕は後ずさりしていた。スライミー達は徐々に僕を追い詰めていく。そして、僕の背中は壁にぶつかる。もう逃げられない。

「うわぁぁあああ!!」

 先程スライミーを殺したにも関わらず、自分が危なくなるとこの悲鳴だ。情けない。


「チッ……! あの馬鹿!」

 アリエッタはスライミー達の猛攻から無理矢理抜け出て、太に襲いかかるスライミーを1匹、背後から両目を貫き倒す。

「お前の、せいで寄り道してんだからね……!少しは役に立てよ! 全く、悲鳴あげて情けない……!」

 5、6匹くらいまで減ったスライミー達がまたアリエッタに襲いかかり、彼女はまたスライミー達との攻防に戻る。彼女の体を見ると、ところどころ血が流れている。そこまで重い傷ではないが、攻撃を受ければ痛いはずだ。何で、彼女はそれに恐怖を感じずに戦っていられるんだ……!

「ギュミャァア……!」

 背後からスライミーの声が聞こえる。振り返ると残りのもう1匹が、今にも僕に飛びかかろうとしている。

「うっ……! く、うぅう……!」

 今の僕、あまりにも格好悪すぎないか……? リイの不安も取り除けない……。側にいる女の子が傷だらけになって戦っているのに、僕は傷も負ってない癖にギャーギャー喚いて……! もし、もし僕がチート能力を持っていたら、こんな情け無い姿を晒すことなんて無かったんだろうな……! それこそ女の子にもモテモテで、このアリエッタも僕を見ただけできっと惚れてたんだろう……。


 でも、そんなもの全て幻想!

 今、ここで、今ここで力も無い、勇気も無い僕が敵に立ち向かわなくちゃいけないのが現実……!

 何のために立ち向かう……? 僕は、僕は今ムーラ村を助けたい! リイにはたぶんもう会わないし、彼女に見返りを求めることも出来ないけど、僕を助けてくれた彼女が、こんな魔物達に殺されるなんて嫌だ……!


「うっ、あぁぁあああああああ!!!」

 僕は重い銅の剣を見よう見まねで構え、スライミーに突っ込んでいく。

スライミーは針のように尖らせた触手で僕を貫こうとしてくる。

「ぐっ……うぅっ……!」

 まだゆっくりとしか剣を振るえない僕はスライミーの攻撃を脇腹に食らってしまう。激痛が走ると同時に血がボタボタと垂れるが、このまま進まなければ死ぬ。別れ際のリイの、恐怖を堪えた顔を思い出し、僕は一歩一歩進み、ついにスライミーに刃が届く位置までくる。

「ミギュ!? ギュミィイイイイイイ!!」

 スライミーは距離を取ろうとする。

「喰らえぇええええ!!!」

 僕はタックルするようにスライミーに突進し、それにより詰めた距離でスライミーに斬りかかる。

「ギュミャァアアアアアア!?」


 ザンッ……!


 僕は力の限り剣を振るい、スライミーの両目を斬る。そのままスライミーはどろりと液体になり、目玉は黄色の玉になった。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 僕はスライミーの死を確認すると、あまりの疲労にその場に膝をつく。


「一匹倒したのね」


 アリエッタが僕の近くに来る。彼女の背後にはスライミーの残骸が大量にある。彼女は、十を超えるスライミーを全て1人で倒したというのか……。


「ごめん……全く、役に立てなくて……」


「別に。私は、お前が正面から向かって行って一匹倒したことが予想外よ」

 そう言うと、アリエッタは懐から何か葉っぱを取り出す。

「これ、あの村で買った回復薬」

 僕は回復薬を口に入れる。苦い。けどごくんとそれを飲み込むと……凄い。一瞬にして傷が塞がっていく……。

「回復薬は傷を塞ぐけど、腕や足切断されたら治せないから気をつけることね」

 そういえば、アリエッタも傷を負っていたはず……と思い彼女を見ると、傷が消えている。僕より先に薬草を飲んだのだろうか。


「さ、次の街行くよ」

 アリエッタと僕は砦の一階まで降り、砦の裏口から出て先へ向かう。


「フトシ、少なくともお前があの村を救ったことは事実だから」

 彼女は振り返ることなく僕にそう言う。考えてみれば、本来砦を通り抜けるならスライミー全部を相手にする必要は無かった。もしかして、アリエッタは僕の気持ちを汲んでくれたのかな……。


 思いのほか優しい子なのかも、と思いながら僕はアリエッタに一つ、踏み込んだことを聞いてみる。


「ねえ、アリエッタは……僕を連れてどこに向かおうとしてるの……?」

 アリエッタは立ち止まると、少し考えるそぶりをして振り返る。


「……魔物に支配された、もう半分の世界よ。そこに入る為にお前が必要なの」

 もう半分……王様が言っていた話に出てきたな。アリエッタは僕より強いし、連れていく必要なんて無いと思うんだけど……僕が必要って、どういうことなんだろう……。そこから先は何か聞きづらかった。




────────

────



 その日の夜のムーラ村。


 村人達は皆家に入る。


「……っ」


 リイもまた、家に入り震えていた。今夜は、自分が殺されるかもしれない。


 イヤ……イヤ……! 怖い。死にたくない……!


 リイと同じように、村人達は皆震えていた。しかし、今夜は中々魔物達が来ない。

 何時間ほど経っただろうか。朝日が昇って来る。


「……? 魔物が、来ない……? もしかして、あの、人達が……」


 リイが外に出ると、村人達が皆集まっていた。村長の話によると、早朝、村の男達で魔物の砦に行ったところ、魔物は一匹もいなかったという。



「……!」


 もしかして、あの人達が倒して……ありがとう、ありがとう名前も知らない旅人さん……。私の、勇者様……。



 この日、ムーラ村の村人達は数日ぶりに安心して睡眠を取ることができた。

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