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デブの異世界英雄記  作者: 大岩 太
第一章 旅の序曲
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動き出す運命(さだめ)

「成る程、勇者フトシに逃げられたか……お主ほどの腕の者から逃れるとは、勇者フトシとは、私が見誤っていただけで、もしや本物の……」


 王宮にて、兵士達と共に暗殺者グロフレインは国王にフトシの暗殺の失敗を報告していた。グロフレインは国王の前でも黒ずくめで、それは王宮の中ではかなり異様だった。しかしそれを責める者はいない。暗殺者とは、本来その姿を知られてはいけないもの。そして仕事時のこの姿がこそが、国王に謁見できる彼にとっての正装なのだ。


「国王陛下、恐れながらその可能性は無いかと……。勇者フトシの暗殺には予想外の妨害が入りました。勇者フトシは、手練れの女を仲間として連れています。そして、私めの見立てだと……」

 グロフレインは意味深にクック、と笑う。

「グロフレイン、お主、わざと逃したのではあるまいな……!」

 グロフレインの笑う様子を見て、国王はもしやと思い問い詰める。

「いやぁまさか……。私の油断による失敗ですよ。して、国王陛下……どうか、私に再び勇者フトシの暗殺の機会をお与え頂ければ、と」


「ふむ、良いだろう。我らが求めるものは優れた力のみ……。過去、魔王を倒したあの男のように強く、勇猛な者こそが人類の危機に終焉をもたらす。あの怠惰の象徴のような肉体をした男では勇者は勤まらぬ。……我が兵も動かす。グロフレインよ、我が兵より早く勇者フトシを討ち取れば、お主への報酬を倍にしよう」


「ほう、それは嬉しい話です。このグロフレイン、時が来たら必ずや勇者フトシを討ち取りましょう……」


 そのままグロフレインは王宮を出る。国王は(ふとし)を探すために兵を動かし始める。


 そして物陰から覗く影が一つ。


「へぇ、まさか父上が兵を動かすとは……勇者フトシ、か。父上は新しい勇者の召喚に期待しておられる……。ならばそのフトシとやら、この俺様が討ち取り武勲を上げようじゃないか……!」


 金髪のバッチリとセットの決まった髪に細長い体……。そして王族の着る高貴な服……。そう、彼はこのラナティス王国の王子である。


 今、(ふとし)を巡り王国内の様々な思惑が動き始めていた。


 何も知らない太本人はというと……。


────────

────


「うっ、あうう……あれ……? 僕、生きてる……!?」


 魔物に殺されたと思っていた太は目を覚ます。周囲を見渡すと、恐らく民家の中のようだった。確か僕は魔物にやられて……あれ? その傷が無くなってる……?

 状況を飲み込めずにいると民家の扉が開く。入って来たのは、金髪ストレートロングに青い瞳をした少女で、落ち着いた色合いの衣服に身を包んでおり、村娘と呼ぶにふさわしい姿だった。

「あ、お目覚めになられたようですね……!」

 彼女は状況が理解できない僕のもとへ近付いてくる。女性との距離感がいまいちわからない僕は目をそらしてしまう。

「あ、あの……ここは何処ですか……? アリエッタは、何処に……」

 村娘は自然な笑顔でニコッと笑うと僕の疑問に答える。

「ここはムーラ村ですよ。お連れさんは、今買い物に行っています……。そろそろ戻ってくるかと……」

 噂をするとアリエッタが戻ってくる。彼女は初めて会った時と同じようにフードを被っている。

「……あ、起きてたのね。これ、お前の武器よ」

 アリエッタは僕に向かって銅製と思われる剣を投げる。剣は僕の腹がクッションとなり比較的衝撃なく受け止められたが……。

「お、重い……! 怪我人の僕に、そ、そんなの投げるなんて酷いよ!」

 僕はアリエッタに不満をぶつける。

「怪我人? お前の傷全部治ってるはずだから。その娘が治してくれたのよ」

 アリエッタはそう言うと村娘の方を向く。

「えへへ……私、回復魔法が少し得意なので……」

 回復魔法……? そんなものもあるのか……。

「ありがとう……助かったよ……!」

 僕が礼を言うと彼女は嬉しそうに笑う。僕みたいな奴にここまで素直に笑いかけてくれる女の子は今までいなかった。しかし、彼女は一瞬その瞳に陰りを宿した。

「……私の回復魔法じゃ助けられない人も」

 そうポソリと呟いた彼女は、どこか悲しそうだった。

「あ、いや、何でも無いんです……。私の魔法であなたが助かって、私は本当に嬉しいんです……」


 すると、村人と思われる女性が民家の扉を開ける。

「リイ、村長が呼んでいるわ」

「……村長が? 今、行きますね! あの、お二人はここで休んでいてください」

 村娘のリイはそのまま外へ出て行った。


「……フトシ、お前あの娘のこといやらしい目で見てたでしょう」

 白い目で僕を見るアリエッタ。

「だ、だって僕、女の子と話したことなんてあまり無いし……男だから仕方ないじゃないか……!」

 僕は必死に弁明するが、アリエッタは少しずつ僕と距離を取っている。

「気持ち悪っ……」

 キモいじゃなくて気持ち悪い。割とグサッと刺さるなぁ。


「……まあいいわ。分かり切ってることだし。それより、今すぐこの村出るよ」

 アリエッタはそう言うと荷物をまとめ始める。

「えっ、な、何でさ」

「モタモタしてると追っ手が来る可能性もあるわ。それに、さっき外歩いてる時嫌な話聞いたから」

「どんな、話?」

 アリエッタは準備が出来立ち上がる。

「この村は数日前から魔物に襲われているらしいの。夜になるとお前が平原で殺されかけた、あのスライミーって魔物が大量に現れるみたい」

 スライミー……アレが、大量……? 僕はそれを聞いただけでゾッとした。

「でも、今の僕にはこの剣がある……! そうだよ、僕は武器が無いから魔物に負けたんだ! 武器さえあれば、本来勇者の僕が負けるはず……」

 アリエッタは溜息をつく。

「そう言う問題じゃねーし。お前があんな弱い魔物に負けたのは、勇者としてのスペックを持ち合わせていなかったからよ」

「スペック……?」

「そう、召喚される勇者は皆必ず何かしらのスペックと呼ばれる力を持ち合わせているの。個人差はあるけどね。けどどういうわけか、お前からは何も感じない。そこらへんにいる村人と大して変わらないのよ」

 ぼ、僕そんなに弱かったのか……。

「さ、早く行くよ」

 そう言うとアリエッタは民家から出て行き、僕もそれに着いて行く。

 初めて見る村。一見平原の中にあり、のどかなようにも思えるが作物は食い荒らされ、家畜などの姿も見えない。これが魔物達の襲撃によるものなのだろう。

「あんま見ないで。力も無いのに変に同情されても困るから。後、お前が変な気起こさないように言っておくけど、私も大群のスライミー相手にお前を守りきれる自信とか無い」

 見ないでと言われても、聴こえてきてしまう。畑を食い荒らされ、作物が育たないこと。魔物達の影響で人々の食事も底を尽き、夜に魔物が来るものだから皆恐怖で夜も眠れないこと。そして、この数日の間に何人かの村人が亡くなったこと。

「……僕が、その、スペックの高い勇者だったらさ……この村を救うことも、出来るのかな」

 僕がそう言うと、アリエッタはまた溜息をつく。

「そんな出来もしない夢物語語ってないで行くよ……。忘れないで、お前は今私の目的の為に生かされてるんだから」

「そ、その目的がわからないのに行くって、どこに行くつもりなんだよ……!それに、あのリイって娘は、僕を治してくれたし……」

 瞬間、アリエッタの姿が消える。


「え……?」

 気がつくとアリエッタは背後から僕の首元に短刀を突きつけていた。その短刀の刃は今の彼女の心のように冷たく、身近に迫るリアルな死を感じさせた。


「ひっ、ひぃいい……!」

 僕が情けない悲鳴を上げるとアリエッタは短刀をしまう。

「お前みたいな臆病者に勇者なんて務まらない。弱い癖に中途半端な正義を掲げないで」

 アリエッタはくるりと僕に背を向けると村の出口へさっさと向かう。


「あ、あの……!」

 背後から僕達を呼び止める声が聞こえる。この声はリイのものだった。アリエッタはバツの悪そうな顔で振り返り、僕もまた複雑な心境のまま振り返る。


「あっ、もしかして、この村のこと……知ってしまったんですね……」

 そう言うとリイは何かを堪えるように僕達に言った。

「……魔物が来るのは夜なので、日が出ている間に出発すれば、安心ですよ……!それに、そのうち王都から兵隊さんが来て、私達を助けてくれますから……」

 彼女は、僕やアリエッタに助けてとは言わなかった。自分たちの村の事情に僕達を巻き込むまいとしたのか、助けて、と言うのを必死に堪えていた。

「ええ、早く来るといいわね」

 アリエッタはそう返答するとすぐに村から出て行った。僕も、スライミー一匹に簡単にやられるような実力で助けるなんてことは言えず、アリエッタについて行くしかなかった。

 平原を出て、気がつくと森に入っていた。


「……王都の連中は自分達が助かる為ならあんな小さな村なんて簡単に捨てるわ。結局、あの村はもう終わりよ」

 僕は絶句した。

「そ、そんな……」

「本来なら、ね」


 アリエッタがそう言うと、僕達の目の前に古い砦が聳え立っていた。


「この砦を通らないと先に進めないわ。しかもここ、魔物の巣窟になってるみたい」


「……!」

 僕は魔物の巣窟と聞いてもしや、と思った。


「村人は夜に襲われるって言ってたから、たぶん今は比較的楽に通れるはずよ。無視してもいいんだけど、フトシ、お前も魔物との戦い方くらい覚えておいた方がいいかもね」


 アリエッタの言葉から全てがわかった。ここが、リイの住むムーラ村を襲ったスライミー達の砦。魔物との戦い方……つまり、僕はこれからリイ達村人を守る為に魔物に立ち向かう。

 外れ勇者の僕が初めて、誰かを守る為に戦うんだ……。


 元の世界では負け犬だった僕。異世界に来ても早速殺されそうになった僕。そんな僕が今初めて、誰かを守る為に戦おうとしている。その高揚感を胸に抱き、僕とアリエッタは魔物の砦の中へ足を踏み入れる。


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