夜明け、旅立ち
「……この宿は、人払いも済ませてあるはずなんだがね」
僕を殺そうとした黒ずくめの男は体制を整えると、自分を蹴り飛ばしたフードの女を不思議そうに見る。
「ええ、人払いは済ませてあるはずよ。人払いは、ね」
フードの女はバサッとフードを取る。長い銀髪をシニヨン風に束ね、血のように紅い瞳を持つその姿は、どこか人間離れした美しさを醸し出している。
「ハ…そういうことか。ならば夜しか堂々と出歩けない者同士、死合うとするかい?お嬢さん」
黒ずくめの男はナイフを構え、フードの女も懐から短刀を取り出す。
僕を殺そうとしていた黒ずくめとフードの女は僕を置いてけぼりにしてこの部屋で戦いを始めようとしていた。どうしよう。止めようにも、今の僕はまだ伝説の武器を渡されてもいない……!
すると、部屋に金属音が響き渡る。目に追えない速度で2人は接近し、互いの手に握った刃を交えていたのだ。
フードの女は人間離れした身体能力で身軽に翻弄しながら斬りかかる。黒ずくめの男はその動きを全て見切り、圧倒的な速度で放つフードの女の短刀を全て的確に受け止める。
「ほう、その歳にしては中々やる。少しは俺と対等に踊れるようだね……お嬢さん」
連続攻撃を全て受け止められ、隙が出来たフードの女に対し、黒ずくめは首元を狙うようにナイフを突き出す。
「……ッ」
その瞬間に後ろに飛び、ギリギリのところでナイフを避けるフードの女。
「おい、宿で大きな音がしたぞ!」
「奴が抵抗しているのか!?」
外から聞こえる声に、フードの女は一瞬ビクンと震える。
「ああ、そろそろ時間切れか……。この騒ぎを聞きつけて王宮の兵士達がやってきたようだ……」
兵士達……! この黒ずくめの男の話が本当なら、兵士達もきっと僕を殺そうとするはずだ……。
「ねえ! そこのオーク!!」
フードの女は突然、僕に声をかける。
「えッ!? お、オークって、ぼ、僕は人間、だよぉ!!!」
「うっさい! 逃げるよ!」
フードの女は僕の手をグッと掴むと女性の力とは思えない力で僕の丸く重い体をぐんと引っ張っていく。
僕とフードの女は部屋を出て一階に降り、混乱している宿屋の主人の前を通り過ぎると宿屋の裏戸を蹴破り、一目散に外に逃げて行った。
僕達は兵士達に見つからないように夜闇を駆け、影になっていて姿を隠せる裏道に身を潜めた。
「ぜはぁ、ぜはぁ……ゲフッ! ど、どうなってるんだ! 何で僕がこんな目に合わないといけないんだよ!」
ようやく一つの場所に落ち着くと、僕はフードの女に疑問を投げかける。
「……それは、お前が外れだからよ。何度も言わせないで」
そっけない返事で冷たく言い放つフードの女。僕が混乱している様子を見ると、彼女は溜息をつき面倒臭そうな顔をしながらも説明してくれた。
「さっきのアイツも説明してたでしょ……。お前は本来、世界を救う勇者として呼ばれたけど期待外れの雑魚だったの。だからお前は次の勇者を呼ぶ為に殺されないといけない。理解できた?まあ、わざわざ裏で殺し屋を呼んで始末させる国王もだいぶ腐ってるとは思うけどね」
冗談じゃない。異世界に勝手に召喚されて、期待外れだから死ねだと……? この世界は常軌を逸している。
「ば、馬鹿にしすぎだろ……幾ら何でも……僕は死ぬ為に呼ばれたっていうのかよ……!」
拳をぐっと握り締める。どんどん呼び出していらなければ殺す。そしてまた次、次、次。ソシャゲのガチャよりも酷いシステムだ……!この国全体が僕を殺そうとする。そこでふと、疑問に思ったことを僕は彼女に問う。
「君は、何で、僕を助けてくれたの……?」
彼女と話すことで僕は落ち着いてきていた。何やかんやで親切に教えてくれるし、もしかしたら彼女だけが僕の味方なんてことも……。
「勘違いしないで。私はお前を助けたわけじゃない。ただ目的の為に利用するだけ」
僕に心を許さないとばかりに冷たい声色で言い、僕に背を向ける彼女。
「も、目的って……?」
「悪いけど、それを話すくらいお前を信用した覚え無いから」
なんか棘のある言い方だなぁ。けど冷たくあしらわれるのも嫌いじゃないかも……。いや、逆に好きかもしれない。
「何見てんの? 言っとくけど、私お前みたいなデブ好みじゃないから変な勘違いすんなよ」
あ、最初から振られた……。何でだろう。来たばかりの時は異世界無敵ハーレムを期待していたのに、来て早々殺されそうになるし、僕の秘められし力が覚醒するなんてことは無いし、おまけに女の子にも最初から拒否されてる……。いや、関わりがあるだけマシと思っておこう。
「とりあえず、兵士達が行ったらこの王都を出ましょう。お前は顔が割れてるんだし、昼間になったら逃げようが無いわ」
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「くっ、申し訳ないグロフレイン殿……勇者フトシを完全に見失った……」
太達を見失った兵士達は黒ずくめの暗殺者、グロフレインのもとへ集まっていた。
「ほう……今まで俺がターゲットを逃したことは無いんだがね。これは偶然か、それとも……」
「グロフレイン殿……?」
暗殺者、グロフレインは嬉しそうにくっく、と笑う。
「いやなに、こっちの話さ……。それより明日、国王陛下に依頼の継続を要求しなければな」
偶然か必然か、このグロフレインの刃から逃れるとは……勇者フトシ、久しぶりに滾る獲物じゃないか……!ただ殺すだけの簡単な仕事には飽き飽きしていたところだ……。くれぐれも、俺を失望させてくれるなよ……!
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爽やかな朝日が平原を包む。
「ふぅ、何とか王都の外に出れた、みたいだね……」
振り返ると王都がだいぶ離れて見えた。
「ええ、取り敢えずこの平原を進んで、その先にある村に向かいましょう。流石にまだお前の顔は王都の外までは知れ渡ってないはずだしね」
彼女の方を見ると、夜闇でよく見えなかったその姿がよく見える。肌はまるで人形のように白く、瞳はやはり赤かったが昨晩のように血のような色では無くなっていた。そしてその横顔は、どこか儚げに見えた。
「あー、え、えっと、さ」
僕は進む彼女を呼び止める。彼女は何? と嫌そうな顔で振り返るが、僕としては是非しておきたいことがあったのだ。
「えっと、昨晩はありがとう。助かったよ……。僕は太……大岩 太って言うんだ……!そし、て、君の名前、聞いてもいい……?」
人と話すのが苦手な僕はたどたどしい様子だったと思うが、勇気を出して聞いてみた。
「お前、命乞いする時しかまともに喋れないわけ?」
最初にそう嫌味を言う彼女。
「……アリエッタ。私の名前。好きに呼んでいいわ」
「あ、えっと、じゃあ……ありにゃん……」
僕が可愛いと思った呼び名をつけると彼女は青ざめる。本来なら頬を赤らめるところだと思うのだが。
「……とりあえず、お前がキモいってことはわかったわ。フトシ……」
ガサガサッ!
突如、近くの草むらから音が鳴る。なんかゲームみたいだなと思うと草むらから何かが飛び出して来た。
「エンドロドロォォォ……‼︎」
草むらから飛び出してきたそれは、ドロドロの透けた紫色の液状の体をしており、その液体の中にある2つの目玉がギョロリとこちらを睨みつけていた。
「……!」
そう、恐らくこいつがこの世界における魔物だ。見た感じ、かなりグロテスクで体の大きさも僕と同じくらいある。一瞬忘れていたが、僕が勇者として戦う運命にあるなら、この魔物を倒さなければいけないのだ。
こんな草むらにいる魔物だ。たぶん一番弱い魔物だろう。そして、僕が期待外れといえどもこの魔物を倒せるくらいの何らかの力はあるはず……!
「く、くく喰らえ!」
「ちょっと、何やってんのバカ!」
僕は体型を生かして魔物に勢いよくタックルをかました。アリエッタが僕を止めてることに気付いたのは、走り出した後だった。
ガブッ
……え? 気がつくと、僕は魔物が一瞬で硬質化させてできた牙のようなもので噛みつかれていた。
僕の体から、大量の血が垂れているのが見える。
嘘……僕、こんなに、弱かったんだ……。そりゃ、期待外れ扱いも、されるか…………。
意識が遠のいていく。まさか僕は、こんなしょうもないことで、調子に乗って魔物に突っ込んでいって死ぬ、そんな運命なのか……?