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望んでたのはコレジャナイ!  作者: 伊住茉莉
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小話 エドガーとフェリシア

 俺はエリオット伯爵令嬢のフェリシアが苦手だった。

 俺の周りの女の人たちは基本的に、俺を見るときは獲物を見つけた野生動物のように目をギラギラとさせて、王太子である俺[エドガー・バーネット]をみてくる。俺はそれが嫌いなのだが、特にフェリシアは俺より年下なのにその傾向がすごかった。


 今日はフェリシアの母と現国王王妃である俺の母のお茶会の日。

 2人はとても仲が良く、頻繁に2人でお茶会をしている。昔からよく母に強制連行されて参加していたが、ここ半年ほどはフェリシアを避けるために、このお茶会をスルーし続けていた。しかし今日は、もう婚約したのだから!とお茶会に強制連行された。

 フェリシアの行動はこの間の王宮でのお茶会では幾分かマシだったとはいえ、人はそんなにすぐに変われない。正直に言って、フェリシアがそばにいる事で令嬢が寄り付かない有用性を感じたから婚約を早めただけだ。目をギラギラとさせたフェリシアの相手をしなければいけないと思うと、王宮から馬車が出発する前から胃がキリキリとしていた。


 それくらい憂鬱だったのに。エリオット邸の扉が開いた瞬間から驚かされた。

 今まで目に染みるような濃いピンク色のドレスが当たり前だったのが一転、シンプルなバックリボンのデザインで今迄からは想像できない若草色のドレスを身にまとっていた。トレードマークのツインテールはなく、やわらかくてキレイなミルクティー色の髪はゆるく編みこまれ、一つにまとめられていた。誰だこれ。こんなかわいい人知らない。


 極めつけは、俺に対する第一声だった。


「心よりお待ちしておりました。()()()殿()()

 今までは母同士が仲がいいのを良いことに「エド様♡」と呼んでいたのに。


「出迎えありがとう。エリオット伯爵令嬢フェリシア殿」

 いつもなら、「そんな堅苦しくよばないでくださいませ!フィア♡と呼んでくださって構いませんのに!」と返してくるところを、口角を少し上げて「いえ」と答えるにとどまった。


「エドガー様とお会いするのはあの日以来ですので、緊張してしまっているのですよ」

とフェリシアの母であるエリオット伯爵夫人は言った。


 緊張…なのだろうか?多少顔が引きつっている気がしないでもないが、俺には緊張というよりも、表情からは恐怖に似たようなものが読み取れる気がした。この間のお茶会も大分様子がおかしかったが、今日は輪にかけておかしい。一体、俺が避けていた半年間にフェリシアに何があったというのだろう。


「じゃあエドガー。私たちはサロンにいるからね。フェリシアちゃんの相手になってあげなさい」

「エドガー様。フェリシアをよろしくお願いします。」

「はい、母様。エリオット伯爵夫人」


 返事をしつつもちらりとフェリシアを見ると一瞬絶望したような表情を見せてから、俺に向き直って「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。今日のフェリシアはとても素直な少女だった。


 まるで本当に人が変わった(・・・・・・)かのように。


 今までも別の意味で素直であったが、今の素直さの方が俺にとっては好感が持てる。表情がくるくると変わるかわいらしい少女。そんな彼女の色んな表情を見たい。と純粋に思った。

 ふと今までは、嫌悪感から拒んでいた言葉を口にしたい衝動に駆られた。きっとこの「フィア」という言葉を口にしたら、彼女は驚くだろう。そう期待して彼女に呼びかけた。


「じゃあ、行こうか。フィア?」


 フェリシアは笑顔で「はい」と答えた。

 しかし、俺はバッチリと見てしまった。彼女が一瞬、子リスの様に目を丸くし口をぽかんと開けて驚く姿を。見てしまってから、あのかわいらしい気の抜けた表情が頭を離れない。また見たいとさえ思う。

 いつの間にか俺のフェリシアに対する警戒心は0に近くなっていた。


「王太子殿下」

「エドガーでいいよ」

「…エドガー様、私のお気に入りの場所に案内いたしますわ」

「うん、ぜひ見たいな。案内をお願いするよ」


 いつも2人きりになったら、決まって庭の東屋で甘ったるいお菓子をお供に大して面白くもない他愛もない話をするのだが、今日のフェリシアは東屋に見向きもせず、奥の温室へと一直線に歩いていく。

 8歳の少女の後をついて歩く様は側から見れば滑稽かもしれないが、そんな小さなことは気にならない。


「フィアはいったいどこへ案内してくれるの?」

「私の大好きな温室ですわ。王太子殿下。いえ、エドガー様」

 先ほどエドガーと呼べといったのに。また王太子殿下と呼んでくる。なぜかそれさえも楽しくて、面白くて仕方がない。


 温室につくと、簡易テーブルセットに案内された。お茶と一緒にお菓子が出てきた。

 自分が見たことのないお菓子がいくつかお皿にセットされている。


「このお菓子はなんというの?」


クッキーと一緒にテーブルに運ばれてきたケーキのようなものを指してフェリシアに聞く。王宮でも見たことがない。


「タルトです。家で取れたベリーをタルトにしたんです」

「あぁタルト。母や妹は好んでショコラタルトを食べているが、ベリーか。君の家のパティシエはよく思いつくのだな」

「いえ、これはわがままを言って、私が厨房で作りました。どうも甘すぎるお菓子は苦手なのです」


(ん?いまフェリシアはなんといった?)

 このご令嬢は今、自分で作ったといったのか?あまりにも規格外すぎるご令嬢だ。


「王太子殿下?いかがなさいました?」


 先ほどの発言に呆気にとられていると、なぜ俺が呆けた顔をしているのか本気で分からないといった表情でこちらをうかがってきた。席に着いてから一度も俺と目を合わせようとしていなかったのに。


「プッ…ハハッアハハハッ!」

「え、面白いところなどありましたか?」


 面白いところしかないのに。なぜそんな平気でとぼけているのだろう?本当にそこらのご令嬢とは違う。こんなにくるくると表情を変え、不思議で、魅力的な子であることを、なぜ今まで隠してきていたのだろう。俺は断然こちらのフェリシアの方が好きだ。


「面白いに決まっているだろう。フィア、君はご令嬢としては規格外もいいところだ。一体今までの君は誰だったんだ?いや、今の君が誰なんだろうか?」


 それをきいたフェリシアは紅茶の入ったカップを手に取り、優雅な所作で口元まで運び、カップに口を付けてこくり…と一口冷静に飲んでからニコリと笑った。


「私はフェリシア・エリオット。エリオット伯爵の長女。そしてこれからは殿下の婚約者です」


 綺麗な笑顔で逃げられた。フェリシアはフェリシア。確かにそうだ。けれど俺は今の彼女のことがもっと知りたいと思った。


「じゃあ、俺と一緒になったら教えてね?フィア」


 そういうと彼女は少し溜息をついた。

 フィアが望んでいた2人の未来が、俺にとっても望ましい未来になった。そんな穏やかな昼下がりのお話。

このお話は5と6の間のお話です!

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