4:むしろ前でも問題ない?
「きゃあ!エドガー様だわ!!!」
「王太子殿下...かっこいい!!!」
騒がしいご令嬢たちの声が庭中に響き渡る。 それを気にも留めず王太子殿下は会場の中央に用意されている台に向かってスタスタと歩いて行く。
(わーおわおわおガン無視するんですねぇ...)
王太子殿下が歩いていくのをぼーっと眺めていると、薄紫色のドレスと黄色のドレスを身にまとった女の子が近寄ってきた。
「フェリシア様!お久しぶりです。」
「ご機嫌いかがですか?」
顔がはっきり見えるようになってから思い出す。モンテヴェルディ伯爵令嬢とジェラルド子爵令嬢だ。いわゆるフェリシアの連れ1と2のご令嬢。名前はなぜか思い出せない。
(名前くらい覚えなよ、フェリシアちゃん...)
「2人ともお久しぶりです。お話は後にして、開会宣言を待ちませんか?」
話しすぎてボロは出したくない。話しすぎる前に2人を遠ざけようと思って提案すると、「そうですわね!」「そういたしましょう」とそれぞれ受け入れてくれた。危ない状況は続いているけど。
そうこうしているうちに、王太子殿下は会場に中央にたどり着いていた。
王太子殿下は台の前で控えていた給仕さんから会場に配られているものと同じりんごジュースを受け取ると、台へ乗った。
そしてグラスを掲げて、口を開く。
「ここに、王宮主催のお茶会の開会を宣言する!」
その掛け声と同時にグラスを高く上げる。それが、お茶会や、晩餐会や、立食パーティー。さらには、食べ物がメインではないダンスパーティーにまで及ぶ、シャルレイ王国の開会の儀だ。
王太子殿下が台から降りるとみんなグラスを下ろして、また思い思いに談笑を始める。
台から降りて数歩で王太子殿下の周りにはすでに取り巻きができていた。まるで有名な芸能人だ。本当の人気は芸能人どころではないのだろうけれど。
「あーあまたかよ」
「これだから王太子殿下がいらっしゃるお茶会は嫌なんだよねぇ...」
12歳か13歳くらいの令息2人が王太子殿下について話していた。私は思わず何を話しているのか気になって聞き耳を立てた。
「そうそう、俺らにも分けて欲しいよなぁ。可愛い令嬢ばっかり周りに集まってるし。」
「どうせまた、エリオット伯爵令嬢が中心なんだろう?熱心だよね。」
「令嬢たちが小走りで殿下のところへ向かうのも見慣れちゃったよなぁ。はーぁ、切ないなぁ」
なるほど。2人の話を聞く限りだと、王太子殿下が開会宣言をする。
と同時に、ご令嬢たちは品を落とさない程度の早足で王太子殿下のもとへ向かうのも、もはや見慣れた光景らしい。
(そしてその中心がエリオット伯爵令嬢なのね。ん?エリオット伯爵令嬢って私のこと...?)
私は、フェリシア・エリオット。当たり前だが、エリオット伯爵令嬢なのだ。つまりは、王太子殿下取り巻き令嬢の筆頭が私ということであり...。
そのことに気がつきさーっと血の気が引く。これが2人に別人だと思わせる引き金になってはまずい。そう思って2人の方を見ると、にっこりと笑ってこちらを見ていた。
「本日は王太子殿下のところにいらっしゃらないのですか?」
(そうだよね!そう思いますよね!)
内心冷や汗ダラダラで、モンテヴェルディ伯爵令嬢の方へ視線を移すと、力強くガッツポーズをしていた。
「たまにはそういう気分の時もありますわよね!わかりますわ!」
なぜか理解を示されたが、多分今フェリシアはツンデレでいうツン状態という解釈をされたのかと思う。
それならその方がいいのであえて突っ込まないことにする。
今日は遠くから殿下をお支えしようかと〜と適当な理由を並べていると2人は理解を示してくれ、なるべく王太子殿下から離れて、会場でひっそりと過ごしていた。
すると突然会場がざわつき始めた。何事だろうと思ってキョロキョロしている間、モンテヴェルディ伯爵令嬢とジェラルド子爵令嬢。
もとい、アリアとベリリア(ちゃんと名前を聞いた)は依然としてにっこりしていた。
ざわめきの正体を探そうと後ろ振り向くと、王太子殿下とご令嬢の団体御一行がぞろぞろとこちらに向かってきていた。確実に、私たちの方に。
(1番会いたくない人がこっちにくる...!)
「アリア、ベリリア。私、少し席を外しますね。少しかかるかもしれないけれど、気にしないでください!」
そういって、くるりと踵を返すとお手洗いがある宮殿の東館へと急いで歩みを進めた。
まさか、王太子殿下が会場の隅っこまで挨拶回りをするなんて計算外だった。会場の中心にいるだけで挨拶の列は途切れなさそうなのに。
と言うよりも、王宮主催のお茶会に来ているのに王太子殿下が挨拶まわりする方が不自然だ。誰か挨拶したい人がいたのだろうか?
少なくとも用事があるのは、王太子殿下に好かれていない私ではないと言うことは明白だ。
(そういえば私も後で一応挨拶に行かなきゃ)
「まって!フェリシア」
東館の入り口の目の前で誰かに声をかけられた。後ろを振り向くとそこに立っていたのは、王太子殿下だった。
予想外の出来事に頭が混乱してきた。さっきまで御令嬢御一行とよろしくしていたというのに!
(なぜこちらにいらっしゃるんですか?)
「私のこと嫌いなのではないのですか!」
「ん?」
しまった。思っていることと、言おうと思っていたことが逆になってしまった。
王太子殿下は笑顔で固まっている。その笑顔につられて私の顔もどんどん引きつっていく。
まずい、どうしたらいいのだろうかと頭をフル回転させていると、王太子殿下が先に口を開いた。
「別に嫌いではないよ?好きでもないけど。ただ、未来の婚約者様が珍しく、1番で挨拶に来ない上に、僕から逃げたので追いかけて来たのだが。それがお気に召さなかったのかな」
王太子殿下は笑顔を崩すことなく、私に尋ねた。始めの方で、聞き捨てならないことをおっしゃった気がするが、今回は気にしないことにする。
目を閉じて1つ深呼吸をして、心を落ち着かせてから口を開いた。
「いえ、王太子殿下は本日、沢山のご令嬢のお相手でお忙しそうでしたので、ご挨拶は後ほどと考えていたのです」
「王太子殿下?」
王太子殿下という言葉に反応して、少し眉をひそめて不思議そうな顔をして、目をそらした。
しかし、一瞬で曇りのない笑顔に戻って、にこやかに私に質問を投げかけてくる。
「珍しいね。いつもはエド様と呼ぶのに、今日は違うんだね?」
エド様と呼んでいたことは初めて知った。いや、忘れていた。ゲーム内ではそうフェリシアに呼ばれていた気がする。
(その辺の記憶も、ちゃんと引き継いで欲しかったかな、神さま...!)
「公の場でエド様と呼ぶのは、控えようかなと思いまして。昔馴染みとはいえ、王太子殿下です。やはり呼び方から敬意を示していくことが大切かなと」
つらつらと、それっぽい言い訳を並べていく。これならば、文句がないはずだ。
王太子殿下は、ふうんと言うと腕を胸の前で組んだ。そして、また笑顔を崩さずに言葉を放った。
「なんだか今までと別人みたい。まあ、どうでもいいか。それよりあとで僕のところに挨拶しに来てね。呼び方は何でもいいから」
「へ?」
「やっぱりやめた。エドガーって呼んでくれる?その方が効果的だ。君がいないと際限なく令嬢が寄ってきて面倒なんだ。」
「わ、分かりました。王太子殿下」
「エドガー」
「エドガー...様」
私がエドガーと呼ぶと、満足そうに微笑んで王太子殿下...エドガーは私に背を向けて去っていった。
少ししてから、力が抜けて思わずその場にへたり込んでしまった。
(良かった...何とかなった...)
想像していた以上に威圧感がすごくて、怖かったけれども、どうやらまだフェリシアはエドガーに嫌われていないようだった。
さっきの発言からすると、思っていたよりは警戒しなくても良いのかもしれない。くっつきすぎず、離れ過ぎず、エドガーの壁であれば良い。
そして主人公のサーヴァントス子爵令嬢のティファニーが出てきたら、エドガーからさっと身を引けばいい。
そうすれば、私が罪に問われる確率は格段に下がる。
そもそもいじめたから追放となってしまったのであって、いじめはせず上手い具合にティファニーの存在を許容していけば良いのかもしれない。
フェリシアが幸せになれそうな希望の道を発見して、俄然やる気が出てきた。
(後ろに行き過ぎてもダメなのね。だったらガンガンアタックして取り巻きを減らさないと!)
やる気が出たついでに、ティファニーへのお膳立てを全力でする決心もできた。
先ほどまで力なく項垂れていたのが嘘のように、スクッと立ち上がって庭の方へ足を向けた。
エドガーに挨拶するため。そして、婚約者候補のままでいようという提案をするために。
会場へ戻ると一直線にエドガーの元へ急ぐ。近寄っていくと、気配で気づいたのかこちらを向いた。すると、たちまち笑顔になった。
「フィア!やっと来てくれた」
(ん?フィア?)
雲行きがあやしい。笑顔の仮面が完璧すぎてなんだか怖い。さらに、先ほどまで子供しかいなかった会場には大人が混ざっている。おかしい。
思わず、エドガーの元へ向かう足を止めてしまった。そんな私を見てエドガーは「しょうがないな」と言って私の手を取って会場の中央へとエスコートする。そして開会宣言で使っていた台の上に誘導されるがままに乗ると、エドガーは息を吸い込んだ。
「皆さん。シャルレイ王国王太子エドガーは、エリオット家の令嬢であるフェリシアと婚約をすることをここに発表いたします」
想定外の宣言に先ほどの私の晴れやかな気持ちと決心は見事に粉々にされた。1番のハッピーエンドが...。
呆然としていると、エドガーに腰を引き寄せられて左手を持ち上げられると、そこにエドガーは口を寄せた。まだ指輪はあげられないから予約ね。と耳元で囁いてくる。
それを見た人たちからは悲鳴や歓喜の声がごちゃまぜで、会場がリアクションのテーマパークと化している。
(本当に10歳なの?この子は)
「フィア、これからよろしくね」
どんどん上がっていく会場のテンションとは逆に、私は何もできずに満面の笑みのエドガーの腕の中で立ち尽くしていた。