12.ささやかな幸せ
エドガーが1人で来るとは思えないと思い、入り口の方へ向くとヴィオラが少し申し訳なさそうな顔で立っていた。恐らく引き留めてはくれたのだろう。のそのそと上半身を起こしてベッドに背を預ける。
「おはようございます。どうされたんですか」
「楽しみで早く目が覚めてしまってね」
だとしても、レディーの寝ている部屋にズカズカと押し入る無神経さにはさすがに腹が立ったが、寝起きが悪い私は反論する気力も起きない。
「さあ朝食へ行こう」
「着替えたら向かいますね」
一緒に行きたそうな雰囲気を無視したので、布団をひっぺがされるかと思ったが、案外あっさりと「そうか、そうだね。じゃあまたあとで」と満足げな顔でひらひらと手を振りながらエドガーは部屋を出て行った。
エドガーに子どもらしい悪戯心があるのは理解したが、頼むから今後このようなことはしないで欲しい。と思っていると、すぐにヴィオラがやってきた。
「フェリシア様申し訳ございませんでした。お止めしたのですが、隙をついてお部屋に入られてしまって...」
「ちょっとビックリしたけど...大丈夫」
「いえ、よくありません!もしこれが不審者だったらフェリシア様のお命は...。私、強くなります!」
言われてみればそうだが、その視点なら落ち度があるのは部屋の前にいる衛兵では?と思いつつ、本人のやる気を妨げたくないので押し黙った。
あと、戦えるメイドってかっこいいし...。というオタク心はどうにも抜けないものである。
着替えてダイニングへ向かうと、エドガーは私の到着を待っていてまだ朝食を食べていないようだった。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶をしてエリスに促されるままいつもの席に座ると、朝食のプレートがすぐに目の前に置かれて食事を開始した。お互い特に言葉は交わさず食事を進め、食後のフルーツまで食べ切った。
すると、エドガーが当たり前のように体の前ですっと手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。こうでしょ?と言っている顔でこちらを見てくる。私もエドガーに合わせて「ごちそうさまでした」と言うと、エドガーは嬉しそうな顔で微笑んでいた。
元は間違って発したこととはいえ、元々は常にやっていたこと。なんだかエドガーが[私]を受け入れてくれたような気がして無性に嬉しかった。
上機嫌なエドガーと分かれて午前の授業を受ける。授業を終えて部屋に戻り、支度を整えて屋敷の玄関前に行くと、そこにはすでにエドガーが護衛を1人従えて待っていた。周りを見渡してもそれ以外に人はいない。
「お待たせしました。先生はまだ到着されていないのですか?」
「ああ、今日は先生は呼んでいないんだ。フィールドワークをするなら2人が楽しいし。それに先生ならここにいる」
エドガーは手に持っていた図鑑を私の方へ見せ、楽しそうにそう言った。どうしても今日は2人で学習を進めたいようだ。
ひとまず庭の東屋で昼食を取ろうと玄関から移動し、料理長お手製のサンドイッチを食べた。
どこでフィールドワークをするか話し合い、王太子宮の庭で行うことにになった。
2人で王太子宮の周りを歩き回り、植物を見つけるたびに、その場にしゃがみ込んで図鑑と照らし合わせる。図鑑の中に似た形の葉が複数あれば、どちらの方が実物の特徴に近いかを話し合う。そしてノートに、どこで採取したかどのように生えていたかを書き込んで花や葉を挟む。
そんなことを繰り返しているうちにおやつの時間になり、木陰にシートを敷いて2人で横並びで座った。お菓子を食べつつさっきまでに採取した植物の話を続ける。
エドガーも植物に興味はあれど詳しい訳ではないようで、私が質問したことが分からなかったら一緒に図鑑を覗き込んで疑問を解決している。
正直、こんなに楽しく話が弾んでいるのは初めてだ。そもそも、会話なんて夕食の時にその日あった話をするくらいで盛り上がることはほぼ無い。
お菓子を食べ終わり、調査を再開して温室の前を通りかかった。王宮の施設案内をされた際、この温室は研究用で国内外の様々な植物を育てていると説明された。
今も温室内で数人の研究員が植物の研究と世話に勤しんでいるようだ。できたらこの中も入ってみたい…と思ったが、研究の邪魔になりたくない。
温室から視線を外し、先に歩いているはずのエドガーを探す。
「気になる?」
「わ!驚かせないでください!」
後ろから囁くように話しかけられる。ぼーっとしていた間に後ろに回り込まれていたようだ。
「ごめんごめん。それで温室が気になるの?」
「はい。色んな植物が育てられていると聞いたので気になりますが、お仕事の邪魔になってはいけませんので」
だから入らなくて大丈夫だと言いかけたところ、エドガーに手首を掴まれグイッと引っ張られた。
「では行こう!」
「いや、あの、今日は遠慮しようと言おうと」
「いいんだよ、元々今日の講師として打診されていたのはこの温室の研究員なんだ。本来の仕事だ!」
「横暴ですよ!」
エドガーは楽しそうにわたしを引っ張りながら温室へズンズン歩いて行く。わがままボーイを止められないまま渋々ついて行く。
温室の前にたどり着くと、エドガーは遠慮なくドアをガラリと開けた。