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望んでたのはコレジャナイ!  作者: 伊住茉莉
13/15

11.ともに過ごす時間

 夕食の時間。ダイニングルームへ向かうと、珍しくエドガーが先に席についていた。


「すみません、遅くなりました」

「構わないよ。今日は偶然早く終わったから」


 私としては別に先に1人で食べ始めてもらって構わないんですがね。とか思いつつエドガーの目の前に座り、程なくして前菜が運ばれてくる。まだ一般人感覚から抜け出せない私は、王族の食事一つにどれぐらいの労力が掛かっているのかと思うと少し震える。

 そんなことを考えていなさそうなエドガーはゆったりと前菜を口に運びながら話しかけてくる。


「フェリシアはもうヴィオラには会った?」

「はい、会いました」

「それならよかった」


 まさかヴィオラのことを知っているとは。王太子という立場で、婚約者の侍女の名前まで把握しているとは恐れ入る。エドガーからしたら入ってきたばかりのただの新人だというのに。


「その顔は、ヴィオラのことを知っているなんて!ってところ?これでも君のことを知ろうとしているんだよ」

「あ、ありがとうございます」

(心を読むな!心を!)


 もしかして、エドガーの力添えもあってヴィオラが王宮に来ることになったのかもしれない。エドガーの口ぶりからそんなことを想像をしてみるが、10歳男児が出来ることではないだろう。(と思う)

 それから、特に話す話題もない私たちは黙々と夕食を食べ進めていく。


「そうだ、フィア明日の予定は?」

「えぇと、午前が算数と国語で午後がダンスレッスンです」

「うん、ダンスレッスンか...。」

 

 私の返答を聞いたエドガーは、「よし」小さく頷いてから笑顔でこう言った。

 

「じゃあ午後は2人で植物の勉強の時間、ということにしない?」

「いえ、ダンスレッスン...」

「元々2人で過ごす時間なのだから違いはないと思うけどな」


 エドガーは妙案だろう?と言いたげな自信満々の表情。ダンスと植物ってかなりジャンルが違うけど...。と少し不満を込めて見つめてみるが、その表情は崩れることがない。

 婚約者生活というのは、今日も明日も明後日もその先もずーっと勉強漬けの日々だ。王宮の教師による授業は王宮に勤めているということもあってか、分かりやすくて面白く、想像していたよりはかなり楽しく勉強している。しかし、机にかじりつきでの勉強漬けはしんどい。

 せっかく束の間の動ける時間なのに、わざわざ座学に切り替えるなんてエドガーはものすごく勉強熱心なのだなと感心する。ただ、それに私を巻き込むのはやめて欲しいのだけど。

 それに、ダンスレッスンの先生はかなり厳しい先生だ。マナー講師も請け負ってくれているという事もあり、毎日の積み重ねを重視している。そう簡単に授業日程の変更を受け入れるとは思えないが...。


「ダンスの先生がなんとおっしゃるか...」

「大丈夫、先生には了承は既に得ているよ」


 アッサリと返された。選択権は最初から存在していなかったらしい。「むしろたまには息抜きも大事だ」と背中を押されたとか言っている。植物学が息抜きに分類されているのはいささか謎だが、各方面からの了承を既に得ているのであれば私が抵抗する意味もない。


「分かりました。どちらのお部屋でやりますか?それに植物の授業はまだ受けたことがないのですが、どの本を持っていけばいいのでしょうか?」

「お昼は一緒にとるのだから一緒に向かえばいい。本は僕のを貸すよ」

「かしこまりました」

「一緒に授業を受けるのはダンス以外だと初めてだから、楽しみだね」

「そうですね、エドガー様と共に学べるのは光栄です」


 抵抗は無意味と判断し、さっきまで不服そうな視線を送っていたとは思えないくらいの満面の笑みで伝えた。偽りの婚約者に大事なのはヨイショと笑顔だ、多分。


「そうだ、明日はなるべく動きやすい服装にしてほしい。せっかく植物のことを学ぶのだから、外で本物を見たい」

「かしこまりました!そのようにしておきます」


 まさか外に出るとは!それなら話は別だ。たまには陽の光を浴びてまったりしたいなと思っていたので、予想外の嬉しい提案だ。

 というのも、婚約者になってからほぼ1日中屋敷の中で過ごしている。時々(私が耐えられなくなって)庭で散歩をする時以外は、ずっと室内で勉強かレッスンの繰り返し。だからこそ、久々に外の空気に触れながら日中を過ごせると思うとワクワクしてきた。私もなかなか単純な女である。


 先ほどに比べていい雰囲気の中、デザートと食後のお茶を食べきった。ゆっくりとソーサーにカップを戻して、両手を合わせて「ご馳走様でした」つぶやいた。


...しまった。


この世界では食後に手を合わせる風習がないことは、この数か月過ごして分かっていた。しかし、外出できることにテンションが上がったせいか、気が緩んで癖が出てしまった。

 エドガーの表情をちらりとうかがうと想像通り怪訝そうな目で私のことを見つめていた。まずい。勝手にそう思った私の口からとっさに言い訳が出てくる。


「あ!あ~えーっと。私のおじい様の、おじい様?が食べ物をすごく大事にされていた方で」

「ふむ、」

「こう、なんて言うんでしょう。食べ物に感謝することでこれからも食べるものに困らないように!みたいな考えを持って生きていらっしゃったそうで...それに感銘を受けたというか...」


 我ながら苦しい言い訳だ。しかし、また気を抜いた時にやらかさないとは限らない。我が家の食に対する価値観の一つということにしておくために、それっぽそうなことをおじい様のおじい様(誰かなのかも知らない)になすりつけていく。近いうちにお墓にお参りするのでどうか許してください...。


 その後も責任をおじい様のおじい様になすりつけながら、食べ物に手を合わせて感謝することの大切さをエドガーに伝えていく。エドガーは「ふむ」とか「そうなんだね」とか、興味があるのかないのかわかりづらい相槌を繰り返しながらも、私の話を止めずに聞いてくれる。いっそのこと止めてくれ。

 時間にして2、3分は話しただろうか。結局のところ大体嘘なので、言い訳を話す口が止まらない。このままだとまた怪しまれるだろうと思い「とにかく私にとって大切なことなんです!」と話を強制終了した。

 ちらりとエドガーの反応をうかがう。右手をあごに当てて考えているようだ。弁解するのではなく、なーんちゃって!とか言って冗談にすればよかったのか?とぐるぐると頭の中が全回転している。無言の時間。


「ふむ」


 ズッコケ甲斐のある反応だ。永遠に続くかと感じられた無言の先に出た言葉がたった2文字。生まれて初めて椅子から滑り落ちながら突っ込みたい。と思った程度には拍子抜けした。しかし、「そんなのはありえない、理解し難い」といった反応をされるよりはよっぽどましだ。

 私が拍子抜けした顔をして止まっているからなのか、私の行動をフォローをするためなのかエドガーは言葉を繋げた。


「ああ、ごめん否定するつもりはないんだ。ただ今まで出会ってこなかった考え方だからものすごく興味深いなと感じてね」

「ありがとうございます...」


 微妙な空気に耐えられない。誰でもいいから8歳と10歳が気遣いあう空間の異常さに気づいて突っ込んで欲しい。そんな願いも虚しく、ロイドもエリスも少し口元を緩めて静かに控えているだけだ。これが使用人のプロってこと?


 微妙な空気のまま食事を終えてそれぞれの部屋へと戻る。とぼとぼと歩きながら、少し後ろに控えているエリスに話しかける。


「何言ってるんだろうって思ったでしょ...」


 私の沈んだ声色を察知したのか、穏やかな顔で私のボヤキにすかさず返答をくれた。


「いえ。新しいなというか、食べ物をいただくことに感謝するというのは素敵な考えだなと思いましたよ」


 さすがに若くして王太子宮の侍女長に抜擢されているからか、フォローの上手さはエドガーを超えている。エリスの優しさに心が救われていたら、部屋の前に到着した。エリスには「お風呂の支度が整ったらお呼びしますね」と言われ、扉の前で別れて自室に入った。


 しばらくソファーでくつろいでいるとノック音が響き、入室を促すと、恐らくお風呂の支度を終えたのであろうヴィオラが入ってきた。


「フェリシア様お風呂のお支度が整いました」

「ヴィオラありがと〜」


 いつも以上に気疲れしたので、本当はお風呂に入らずにそのままベッド寝てしまいたいがそう言うわけにはいかない。

気力を振り絞ってお風呂に入った。そのあとはもちろんすぐに寝た。


 翌日、朝。

 コンコンと控えめなノックの音。微睡から抜け出せないままベッドでもぞもぞしていると容赦なくカーテンが開いた。


「フィアおはよう!とても良い天気だよ!」


 朝日の光にライティングされ、にっこりと微笑みを浮かべる神々しいエドガーがそこにいた。

 この人の辞書にはどうやら「プライバシー」と言う単語はなさそうである。


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