7.ライオンの本能
立花の伯母、綾乃に店内に案内された。
お店の中は暖かみのある間接照明がオシャレに店内を照らす。すでに数名のお客がはいっており料理を楽しんでおしゃべりも時々きこえる。
ふとみやると大きな一枚ガラスが中庭全体をみわたせた。そこからのぞく中庭は、青々とした植物で埋め尽くされている。
ライトアップもその瑞々しい色を素敵に照らし出されており、水が流れているのか岩にはびっしり苔がはえ、触ったらふかふかしてそうだ。
立夏が中庭に夢中になっているのをみた綾乃は、中庭が見渡せる席に案内してくれた。
「気に入ってくれた?雨が降ったらもっと素敵なのよ?緑がさらに映えて瑞々しくなるの。でね、」
「綾乃さん、その辺で。立夏さん、こちらにどうぞ。」
綾乃の説明を遮ったのは立花だった。
立花は椅子を引き立夏に座るように促したが、綾乃の説明の途中だったので立夏はちらりと綾乃に視線をむけた。
「えっと…。でも綾乃さんの説明が…。」
「あら!ごめんなさい。わたしったらついつい夢中になってしまったわ。ゆっくりとしていってね。」
綾乃は、そそくさと奥に入っていき、それを見送る立夏はその場で呆然となっていた。
椅子を引きっぱなしそして放置されていた立花は立夏を現実に引き戻すため、椅子に座るように促した。
「立ってるのも何なので、さっ、立夏さんどうぞ。」
立夏ははっとし、勧められた椅子におずおずと座った。
こんなこと男性にしてもらったことがない立夏は、立花の女性に対する一挙一動がすごく気恥ずかしい気持ちがわき起こる。
こそばゆいという感情があってるのかもしれない。生まれてはじめて感じる感情を立夏はもてあまし、この感情をどこにぶつければいいのか分からなかった。
立花は立夏を椅子にすわらせると、対面にある椅子に落ち着いた。
しばらく沈黙がつづき、なにかしゃべらなければならないのかとふと立夏が思って口をひらいたとき、奥にはいっていた綾乃がメニューとお冷やを持ってきた。
「ごめんなさいね。メニューをもってきたから選んで。はいお冷や。」
立夏の前にお冷やを置くと、熱々としたお手拭きも一緒に渡される。
そのとき立夏は失念していた。自分の手が普通のひとよりか熱さを感じやすいという事を。
「っっつ!」
もった瞬間、立夏はそのお手拭きを落としてしまい落としたお手拭きはころころと床に転げおち立花の足下にあたった。
立夏は、顔から血の気が引くのがわかった。
「!すいません!」
とっさに身をかがめ立花の足下にある転げおちたお手拭きを拾おうとすると、お手拭きを拾えなかった。
なぜならばその手を大きな綺麗な手によって阻まれたからだ。
「ふあわ!」
突然手を立花に取られ、変な声がでた立夏。しかしまわりはそんなことは気にせず、立夏の手に目線があつまる。
「立夏さん、大丈夫ですか!手、見せてください!」
立花は立夏の手を両手で大事なものを扱うかのように包み込んだ。
長い綺麗な指は立夏の手のひらをさすったが、そこに嫌らしさはない。むしろ気遣いが感じられるぐらいだ。
階段をおりる時にも感じたあの感情がふと思い出される。でもそれも一瞬のことで立夏は立花に触られているということを自覚させられると途端に恥ずかしくなった。
立花は立夏の手のひらにやけどがないことを確認すると、自分のお手拭きを広げ、熱さを逃がすように手で数回浮かせ立夏に手渡した。
「やけどはしてなさそうですね。はい僕のをつかってください。」
「っっ!大、大丈夫です。それよりか綾乃さんすいません。」
立夏は、綾乃にお手拭きを落としてしまったことを謝り、綾乃もほっとしたのか立夏に謝った。
「そんな!こちらこそごめんなさい。やけどほんとにしてないのよね?」
心配してくれる綾乃に立夏は手のひらをみせ握ったり開いたりをしてみせた。
「はい、このとおり大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
そんな動作をしてみせた立夏。それをみた綾乃はほっとしメニューを差し出した。すぐには決められないので綾乃は後で聞きに来てくれるそうだ。
どれもこれも美味しそうなメニューがならんでおり、なかなか決められない立夏。そう迷っていると目の前から視線を感じた。
にこにこと立夏をみながら微笑む立花がいた。
「あの、なんでしょうか…。」
「いえ、立夏さんの選んでるとき目がきょろきょろうごいて忙しそうだなと思って。」
そう立花は指摘するとさらに破顔した。恋愛ほぼ未経験の立夏にしたらなぜ自分に対して歯の浮くような言葉かりいってくるのが疑問だった。そしてさらにスキンシップも多い。訝し気に立花をメニュー越しに見返した立夏だった。また綾乃がオーダーをとるために立夏たちの席にきた。お肉のコースとお魚のコースがあり、肉食な立夏だが久しぶりにお魚も食べようと思い立ちお魚のコースを頼んだ。立花はお肉のコースを頼んでいた。すでに立夏の心はお魚の料理で一杯だ。自然と笑顔がこぼれるので、ふにふにと自分の緩んだ顔を両手で押さえた。
************************************
立夏がお手拭きを落とした時に立花は、小さな手をとっさに取っていた。
立花よりさらに小さな手は両手でつつむとすっぽりとおさまり、そのふわふわとした小さな肉厚な手のひらを本能がむき出しになるのを立花は押さえた。
(やわらかい…。)
ほんのり赤くなっていた手のひらをいたわるように、さすると余計に押さえられなくなる気がした立花は自分の手元にあるお手拭きを立夏に渡し、綾乃から渡されたメニューを確認した。いつもきているのでメニューの内容は把握している。そうそうに決めた立花は立夏の様子を確認した。
目がせわしなくきょろきょろとメニューを追っている。その動作をみているとほんとに小動物にみえてくるのだから不思議だと立花はうっすらと微笑んだ。
立花の中で眠っていたライオンがむっくりと動き出したのがわかった。