4.ライオンとリスの再会
立夏は駆け足で会社に向かった。頬が熱い、変な汗がでてくる。そんな焦燥に駆られる立夏だった。
顔に当たる風はさほど立夏の顔を冷ましてはくれず、さらに熱く感じた。
ほどなくして、立夏は会社につきそそくさと自分の机に財布、ケータイを鞄にしまうと歯磨きセットをもってトイレに駆け込んだ。
会社のトイレはいつも清潔で、化粧台が2脚用意されており女性社員にとっても大変便利な仕様となっていた。
立夏は歯磨きセットをおきポケットからハンカチをだそうとした。しかし違和感を感じた。
(あれ?)
ポンポンと、両側についているポケットを叩いても音がしないのだ。
立夏はいつも作業服の右側の服にいつも鍵を入れており、歩くたびにチャリチャリと音がすることによりあると認識していたが、さっと立夏の顔が蒼白した。
そして鏡の前で、さっきとはちがいどんどん手先が冷たくなっていく。身体もうなだれため息が漏れた。
(落とした…!多分あの花屋だ。それかその途中かも…。)
電話をしたとこだが、連絡先を知らないしそもそも店名を忘れてしまった。
覚えているのは人並みはずれたイケメンすぎるスタッフ(多分あのスタッフしかいなかったので店長か?)の顔と、面持ちがある花屋の店内の雰囲気だけだった。
またもや恥をかきにいくのか、と立夏は思い居たたまれない気持ちになった。
もっともそれは自業自得なのである。おっちょこちょいの自分を呪いたくなった立夏だった。
しかし、そんな気持ちを切りかえて仕事をしなければならない。
立夏は歯を磨きつつ、今日は仕事を早く切り上げることに決め、頭のなかで午後のスケジュールを組み直すことにした。
(今日はそんなに詰まってなかったから定時で切り上げよう。)
その後の仕事はとにかく集中した。立夏自身も驚くぐらいの集中力を発揮し、ちょうど18時手前に今日仕上げるものは仕上げることができた。
立夏は足早に必要なデータを保存し、パソコンの電源をきり自分の鞄をもち、会社を後にした。
この道を通るのは2度目だ。来る途中にあたりを見渡しがやはり鍵は見つからない。
立夏は確信し、恥をかいた花屋にもう一度花屋に恥をかけにいく、そう思うと立夏の顔はまた赤くなった。
なんでもっとうまく立ち回れないんだろう。そんな思いで押しつぶれそうな立夏だった。
―――――― りっちゃんって、ほんと不器用だし、おっちょこちょいだよね。
(そんなのわかってる。わかってるよ!)
もっとうまく立ち回れていたら人生はさらにもっと変わっていたのだろうかと、その言葉を聞くたびに立夏を惨めにしたのは数えきれない程だ。
そう、足早にあの花屋に行って鍵を取り戻しそしてもう二度とあの花屋には近づかないでおこうと心に決めたとき、ちょうどその目的の花屋にあと50mほどでつこうとしていた。
その時ちょうどあの人外美形のスタッフが花を中にしまおうとしているのが見え、多分閉店作業だろう。間に合ったと心で安堵した立夏だった。
立夏は恥の上乗りをしようとしている。その事の恥ずかしさを飲み込んで人外美形のスタッフに声をかけた。
「ぁにょ…!」
勢い余って立夏は肝心なところで噛んでしまった。
恥ずかしさが一気に顔に集中した。多分ほんのりではなく真っ赤かである。それほど自分でもよくわかる。
勢いよくそのまま足がくっつきそうなぐらい男性のスタッフに向けて身体を折り曲げた。
「あの、すいません。お昼はすいませんでした。その、あの、」
多分呆然とされているに違いない。
言葉がでてこない、気持ちだけが焦ってしまいうまく言葉がでてこない。
泣きたい気持ちになる立夏は目をつむり、なげやりな気持ちを奮い立たせた。
そして次の言葉を吐き出そうとした瞬間に、立夏の耳から笑いをこらえるような声が聞こえてきた。
「ぶふっ!」
(笑われてるっっ…!!そうよね笑われて当然よね、ううっ!)
肩をふるわせてる男性スタッフが立夏の目に映った。
不謹慎ながらその背中の大きさをじっと見つめてしまった立夏は我に返り、そのフタッフに声をかけた。
「あの、すいません緊張してしまって噛んでしまいました。大丈夫ですか??」
「あははははははっ!ごめん…っっぷ!うほんっ!あ〜はぁぁぁ、、ほんとすません、、、。うん大丈夫です。こほん、、。」
「いえ、わらわれるよな事をしたので、気にしないでください。すいません。」
スタッフは気持ちをやっと落ち着いたのか、気恥ずかしそうに口元に拳をつけ一つ咳払いをした。
立夏も自分の頬に手の甲をあて落ち着かせようとしたが無駄になりそうなぐらい熱を感じた。
「あの改めて、お昼はすいませんでした。そして大変申し訳ないのですが、ちょっとお聞きしたいことがありまして、鍵とか落ちてませんでしたか??」
立夏はつとめて冷静な面持ちと気持ちで鍵の所在を確かめた。
「あぁ、やはりあなたのでしたか。ほらこれですかね??」
黒いエプロンの右側についているポケットからチャリッと音を立てて綺麗な手のひらにのせ立夏に差し出した。
「これ私のです!あぁ…ほんとあってよかった!」
立夏はその綺麗な手から鍵を取ろうしたところ、それはかなわなかった。
なぜなら、綺麗な手にさしだそうとした瞬間にそれが閉じられ鍵を隠したからにほかならなかったからだ。
「え?どうして閉じるんでか。これ私のです。」
その閉じた瞬間に訳がわからず立夏はそのスタッフの手をさし、心がざわめいたのがわかった。
どうして閉じてしまうの?え?どうして??と立夏の顔が不安でいっぱになる。
男性の手をこじ開けることもできるのだが、立夏は男性恐怖症。
手を触るのも躊躇してしまうのに、見ず知らずの人に触るなど到底無理な話だが、それをしなければ自分の自宅にもはいれないのだ。
困惑する立夏をみつめる男性スタッフに笑みがこぼれた。
「すいません。これはあなたの鍵で間違いないです。」
「じゃぁ、返してください!拾っていただいた身で言える立場ではないですけど…。」
「はい。返しますが、これからお食事に付き合っていただければ返します。」
―――――― 。
「はい??」
立夏の思考は完全にフリーズした。
(なに…いってんだこの人…。拾っていただいた身で言えないけど。)
「まぁ、人質ならぬ物質ですね。これからお食事にいきませんか??」
はっきりとその男性スタッフ、もとい立花は立夏の顔をみてその美しい顔を綻ばせた。
その瞬間、立夏にははっきりと見えた。その男性の黒いオーラを。
立夏に選択権などないに等しい言葉と有無を言わせないその笑顔に固唾をのまずにはいられなかった事を。
「はい…。」
立夏の可愛らしい鍵がちらりと霞んでみえるのは涙のせいではないことは間違いないだろう。
かくして立夏と立花のステキ(?)夜のお食事デートが始まろうとした。