03
雲がなければ麓の木々が色づいているのが見えるだろうし、もう少しすれば黒い地面も雪に覆われる、そんな季節だ。景色の移り変わりだけならばヴィオレも歓迎できるのだが、雪が降ると足元がおぼつかなくなるのが難点ではあった。
休み休み階段を登ると、しばらくしてようやく浅間への入り口が見えてきた。
分厚い鉄扉を押し開く。中は狭い空間になっていて、奥にもう一枚、見るからに重そうな扉がある。
二重扉は、外から流れ込む汚染物質を可能な限り排除するための作りだ。ヴィオレは外への扉を完全に閉めると、手に持っていたDNAサンプルとイヤフォン、首に巻いていたマイクを蓋つきの棚の中に入れ、身にまとっていた衣服を全て脱いだ。
衣服をダストシュートへ投げ込めば、カメラ越しにヴィオレを見ていたオペレーターが天井からシャワーを降らす。
放射能汚染を少しでも減らすための策に、ハイジアの人格は考慮されていない。浅間の外へ出る際に身に着けていたものは全て焼却されるし、浅間へ戻るときには体の洗浄が滞りなく行われていることを複数人に監視される。
ヴィオレにとっては日常。ではあるが、普通の人間の感覚からはかけ離れたものであることくらい、彼女も理解していた。
「除染工程完了。協力に感謝します」
シャワーが止まると同時、壁面に埋めこまれたスピーカーからオペレーターの声が聞こえてきた。機械音声であると言われても疑問を持てないほど、投げかけられる声は冷たい。
見られているという意識すら、もはやヴィオレにはない。他人より未発達な体を隠しもせず、用意されていたタオルで体の水分を拭き取り、使い終わったらダストシュートに投げ入れて奥の扉が開くのを待つ。