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同時に地下からの通信も切られたようで、イヤフォンから聞こえていた声や砂をこするようなノイズもぷつりと途絶える。
ヴィオレはため息をついて、上着のポケットに手を入れた。取り出したのは、密閉可能な構造のビニール袋だ。中には持ち手の長い綿棒が入っていて、それを使ってペストの口内細胞を採取する。
ペストのDNAデータは、そのままハイジアの開発に使われている。
女神の名は冠しているものの、その実態は人体改造を受けた少女たちである。ペストのDNAを持ち、ペストと戦う兵器として扱われるその名は、信仰や憧憬よりも恐怖と嫌悪の対象と成り果てている。
しかし、戦力の補強は浅間に住む人間にとって必要不可欠だ。多様なデータがあるだけ浅間の対ペスト戦力は多様化し、適応できる人間が生まれるだけ増加する。今回のネズミ型ペストのDNAが使われれば、新しいハイジアは炎を操る能力が得られるはずだった。
ヴィオレは手順通りにペストの細胞を採取すると、綿棒をビニール袋に入れて密封し、手に持ったまま塔へ向かった。詳細は聞かされていないが、ペストの死体はいま浅間を留守にしている他のハイジアが処分するのだろう。
自分の能力──念動力の使い勝手の悪さにため息をつきながら、ヴィオレは鉄階段を登り始めた。かつては地上付近にあった塔の出入り口は、浅間の保護の観点から塞がれている。塔から浅間へ入るには、鉄階段を登って最上部にある扉を通るしかない。
かつり、かつり、と硬い足音が鳴る。他に聞こえてくるのは、浅間では聞こえない風の音だけだ。ヴィオレは耳に挿していたイヤフォンを抜き、ビニール袋と一緒に持つ。
高いところまで登れば、黒くて狭い大地と、その周りを囲う白い雲が見える。頭上には薄青の空が広がり、まだ昇りきっていない太陽が弱い光を投げかけている。