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「なん、で……いま」
ヴィオレの咳混じりの問いに、レゾンはしばらくノイズだけを送った。
送った、というよりも、無意識に垂れ流していると言った方が正しいが。
「笑ってくれ。恨んでくれてもいい。出来損ないと罵られても構わない。私はこの後に及んで人間の振りをしているらしい」
一際強くなったノイズは、子供が泣きじゃくっているようにも聞こえる。
「──ヴィオレが死ぬのを、見たくないんだ」
その言葉を発するのに、いくつのエラーが生じたのだろう。ノイズは激しさを増すが、ヴィオレの背後で聞こえていた物音はいつの間にかひとつになっていた。スピーカーは全て壊され、もはやペストだけが街路で音を立てている。
後ろ足を引きずる足音が近づくたび、地面の揺れはわずかに強くなっていく。
「わかった」
ペストに位置を教えるのも構わず、ヴィオレはレゾンに声を送った。
震える腕に力を入れる。靴底で荒れ果てた床を噛む。やっとのことで立ちあがったときには、思わず深く息を吐いていた。
背後にペストの気配を感じる。こちらの様子をうかがっているのか、それとも体力を温存するつもりなのか、強引に頭をねじこむことも、叫び声をあげることもしない。
好都合だった。ヴィオレは傍らにあった椅子の背もたれを掴み、言葉を継ぐ。
「……私が死ななければいいのね?」
ざぁ、とノイズが引いた。
それを合図にして、ヴィオレは掴んだ椅子を思いきり背後に投げつける。鼻に強烈な打撃を受けたペストが甲高い悲鳴をあげて怯んでいる隙に、ヴィオレは裏口らしい扉に体当たりして細い路地に出た。
直後、室内を破壊する大音声が響き渡る。ヴィオレはあらかじめ耳を塞いでおき、肌で感じる「振動」が弱まるのを待って腕を下ろした。
傷を気にする暇も、捻挫した右足首をかばう余裕もない。




